Archive for 3月, 2007


平成19年3月16日 情報交換会出席レポート
 
彩の国すこやかプラザに開催された情報交換会に主席してきました。
18時30分から開催され出席各団体の18年度の活動報告が約90分間報告がなされ、その後15分程度の報告内容の質問等がなされた。
1.県より報告がなされた新ボランティア登録について実際に登録してみたが、良くできており良かったが、解像度の悪いディスプレイなどで登録を行った場合やりにくないかと思った。
2.埼玉県防災情報メールについては、PCでの受信は問題ないが、携帯での受信は日によっては数が多くなりやや、
うるさく感じる、また、飽きることもあろうかと思うので、何か目先の変わったものを付加するようなことを考えてはどうか?たとえば花粉情報とか・・
3.社協の方から、普段の仕事をしっかりやって行きたいとのお話がありましてたが、災害時は社協は行政と交渉する立場になり普段からの地元密着の仕事はとても大切と思います。
4.災害発生した時は地元社協がボランティアセンターを立ち上げることになりますが、社協の方も被災しているわけで立ち上げが遅滞します、川口町でもそうでした。その観点から赤十字の方はもっとも力があると思います。沿い言ったことはできないのでしょうか→川口町に埼玉支部として救難所を発生直後から立ち上げ、ボランティアセンターの立ち上げが遅滞したのは実際にみてきておりますが、赤十字としては人員の問題、組織的な問題などから難しいと説明がなされた。
5.生協のMCA無線の運用について質問がなされ、→施設間、店舗間で災害時の連絡用として整備して行っている。また衛星通信などでの連絡もできるようになっている。
 
 
埼玉県災害ボランティア連絡会議 平成19年3月10日
 
3月10日と言えば、東京大空襲の日です。上記会議終了後代々木で刀の鑑定会に参加していたら、
愛刀家の古老があのとき俺は浅草で逃げて回ったんだ、友人・親戚が沢山死んだんだよと・・・刀を見ながら呟いていました。
いま従軍慰安婦?で米国の議会で非難決議とのこと。沢山の非戦闘員を焼き殺したことも非難してもらいたいと思いました。
 
さて会議のレポートですが、、
 
県職員と埼玉県社会福祉協議会の方の挨拶と報告(別紙参照)のあと、・・・・
16才の高校生の島野君が新潟中越地震でのボランティア活動についてパワーポイントをつかって約45分ほどの講演してくださいました。
プレゼンターションの仕方としてはまだまだで、また、話す内容は簡単に言えば、「自主独立・自己責任」そして100%の生還と。。。感謝と奉仕の心をもって明るくさわやかにボランティア活動をする必要性を平易に簡単に分かり安く述べていることでした。大人であれば当たり前のことですが、実際現地でできていない大人(俺のことかな?)が多いのも事実でした。
これを16才の男の子が話しているわけで、、これが驚異?でした。来月陸自に入隊とのこと、きっと立派な自衛官になるでしょう!
 
質疑応答で以下の内容が確認?されました。
 
発言1
久喜の活断層が県・国などの資料ではその存在が統一されて表示されていないがはっきりしてほしい→地中のことなのではっきり分からないのが現状。最新の近況ではないことになっている。今後情報の公開につとめる。
 
発言2
埼玉県の登録の件ですがすでに登録しているものも再度登録ということなのか?新潟へも通算30日以上いったが、一人で行くことが多く、交通費の負担も大きい、まとまって行けるような環境作りを県として今後考えているのか?→現在の登録は生きているが、情報の共有化をしたいので県のホームページに再度登録してもらいたい。今後災害ボランティアの掲示板のような物を作れないか検討して行きたい。また、県としてバスをしたてボランティアを被災地に出すようなことは実施しない。
 
 
 
発言3
県の防災計画は絵にかいた”もち”、・・・現場では多種多様な業務を遂行しているなかで、一人の担当者が兼務の状態になっており消化しきれなくて、手つかずの状態になっている。→市町村の地域防災計画については詳細を煮詰めて実効性のあるものにして行きたい。もうすこし具体的に言えば、熱心ではない市町村(まったく防災訓練もやっていない等)もあり県としては対策に苦慮していることもある。難易度の高い内容だ!
 
発言4
今後、埼玉県災害ボランティアに対する県の対応はどうするつもりなのか?過去は多少なりとも活動してきたが、阪神淡路の震災から月日がたち県民の記憶が薄らぎ、旧名称の防災ボランティアも今は年1回の活動をほそぼそと行っている状態になってしまった。→いろいろの考え方の方・タイプの方がいるなかどういう形がいいのか整理がついていないのが現状であるので、こんごどういう形が良いか未定であります。
 
発言5
災害(旧防災)ボランティア登録証を発行してもわわないと災害時の活動がしにくい、(後の発言で現地において自己アピールとしっかりやれば登録証のようなものは不用との発言もあった)→埼玉県知事名での登録証のようなもの発行できないが、なにか近いものは考させていただきたい。
 
発言6
災害発生時に県災害本部が設置されることになるが、関係各セクションとの情報の集約は大丈夫か?→情報の共有化は出きるようになっている。
 
発言7
埼玉県災害ボランティアセンターの設置は考えているのか、災害が発生したら立ち上げるのではなく事前に平時に立ち上げておくことが「いざ!」と言うときにスムーズに機能すると思うが!→現状は設置について未定。
 
発言8
埼玉県と社協の連絡を密にしてもらって、早く実施事項を決めて出きるものからスタートしてはどうか?
 
発言9
県が募集して初めた埼玉県災害(旧防災)ボランティアです、現状は宙ぶらりんの状態、言い方は悪いので恐縮なのですが、ある意味で県民を馬鹿にしているともとれることもあります。すべて県がやることを考えすぎているのではないでしょうか!
たとえば労働組合を統括する連合に依頼なり話をすれば傘下の(NTTとか・・)にすぐに話しを通せるのです。そういった方向で考えてほしい。
 
発言10
県は県民の災害意識の向上にもっと創意工夫をしていかなくてはならないと思う。(注・たぶん此の意味だと思うが意見が高等すぎて筆者にはこれまで?)
 
以上
 
 
 
07年3月1日~3日まで山中湖宿泊してきました。
1日の16時30分に鶴ヶ島を出て、圏央道を利用して八王子の市内に途中下車!(6月中央道と連結とのこと)再度、八王子から中央に、富士吉田ICから18時過ぎに一般道に下りて軽く食事をして、山中湖の宿泊所に着!。
2日は朝から良く晴れて写真を早朝から取りまくり、日中は刀のお勉強を少ししながら・・夕刻の富士山の夕日ダイヤモンド?までのんびりまって過ごす。
夜は、前日と同じく深夜までワイフと酒・テレビを見て過ごして、、、寝る。
3日の朝も夜明け前にそとを見るが、ガスが出て富士山が見えないのであきらめる。
10時に宿を出て、本栖湖・精進湖を見学、甲府経由、塩山・・奥多摩・・鶴ヶ島と走り17時到着。走行312キロでした。