Archive for 6月, 2008


日本美術刀剣保存協会の釈明文は前回のブログでアップしていますが、裁判で詳細が判明しました。内容は著名刀匠である真鍋先生のページにアップされています。また、判決文も他のHPにアップされていました。早くまともな団体もどってください!過去のことはもう愛好家の方々は問わないと思います。
日刀保の解雇問題判決文 http://homepage2.nifty.com/sc22/news/news5.html
 
日本刀鑑定 不正疑惑 日本美術刀剣保存協会の諸問題解明
日本美術刀剣保存協会は会報誌「刀剣美術」にて疑惑の釈明文を公開した。以下全文掲載します。
 刀剣美術の愛読者の皆様へ
一昨年来、文化庁との間で問題になつているいわゆる。 「十三年間」について、事実関係は以下のとおりですのでご報告いたします。
1,平成13年頃、協会は財政事情が厳しかっため審査料を大幅に値上げしました。そのため申請数が減り、協会の収入が減ることを心配した当時の鈴木専務理事が、理事らに申請を呼びかける一方、自信の所有する刀剣を大量に審査に出しました。ところが、自信身が具眼の士でもあったことから、同氏の申請した刀剣類は名品が多く、多数が重要刀剣等に合格することになりました。これらの合格した刀剣類は、現在の基準でも何ら問題はありませんが、ある者が、鈴木氏が理事の立場を利用して重要刀剣等に合格させたかのような悪意に満ちたキャンペーンを張り、大騒ぎをお越しました。
このとき、鈴木氏の申請した刀の数が多かったことや、自ら理事であるだけでなく、事務局長という職員の立場で、審査委員長でもあり、そして親族名での申請も存在したことから、この鈴木氏への個人攻撃のキャンペーンは一向に治まる気配がありませんでした。そこで精神的に憔悴しや鈴木氏は、騒ぎを収めるために、文化庁担当者との問で、「今後は当財団の役員・職員・審査員ならびにその親族は申請できないようにする」との約束をしましたこれがいわゆる「十三年間題」であり、「平成十三年の文化庁の指導」といわれるものです。
2、しかしながら、この文言は、申請した鈴木氏白身が協会の役員・職員・審査委員長の3者をかねていたころから書かれたものであり、同士はこの問題をあくまでも鈴木氏個人への攻撃であると理解していたため、理事会に諮り議論されたものではなく、正式の手続きを踏まえたものではありませんでした。従って、他の理事や協会内に周知されたことはありません。
ところが、平成18年5月になって、後藤氏ら一部の協会職員が、突然これを問題として取り上げ、「平成十三年の文化庁の指導に 反して理事らが申請している」と、十分な事実調査もせずに文化庁に通報したのです。
そして、七月の理事会で初めて、このことが理事らに知らされたわけですが、今までそのような規程が周知されたこともなく、明文の完めもなく、さらには申請時に理事等に何の注意もなかった為、申請した理事などにとっては「違反」の指摘は、まさに「寝耳に水」の出来事となりました。
3.そもそも、刀剣協会は愛刀家を始として刀剣に携わる人々の集まりであり、愛刀家によって支えられていると言っても過言ではありません。その中でも、理事あるいは理事に推薦されているような人は、日本刀の文化に対する関心が高く、また社会的地位も高く、各地における指導的な立場にある愛刀家であり、数々の名品を所有し、今後もこれを多数収集する可能性の高い方々です。
もし、今後理事が審査に所有刀剣類を申請できないとなると、それら愛刀家の中には、理事になることを躊躇する人が出てくる可能性もあり、協会の社会的地位の低下と理事の質の低下を招きかねません。また、理事等が名品である刀剣を所有していた場合に、それが世に山ず、埋もれたままになってしまうおそれがあります。これでは「美術刀剣類の保存・普及」をめざす協会の目的に反することになります。
4、刀剣の審査会場では、受審刀は全てを裸身にしてならべ、申請者の名前が記されたえ符の付帯する空鞘は隔離された状態におき、審査員には申請者の名前がまったく分からないようにしています。また、各段階の審査、就中、特別重要刀剣や重要刀剣の審査にあたっては、十名前後の審査委員が一点一点手に取って精査して採点し、その集計を踏まえて慎重審を尽くし合議制により合否が決完されております。
このように、審杏は厳正な手続きによって行なわれており、理事等の申請であっても特別扱いをすることは考えられず、不正などは全く行えない仕組みになっているのです。実際、今まで審査について不正が指摘されたことは皆無であります。
5.現在、協会は李下に冠を止さずの故事に習い、当面の間は、理事等は刀剣類を審査に申請をしないこととし、これを厳守しております。しかし、以上述べてきましたように、審査は公正に行なわれており、理事が受審することとは全く無関係の問題です。これらの点について文化庁とさらに話し合いを進めてまいる所存であります。
 
 
 
2008年5月31日~6月1日にかけて草津温泉に1泊2日のツーリングに行ってきました。初日は朝からかなりの雨となっており辛いことが予想されましたが、当初参加予定のメンバーが1名も欠けることなく開始となりました。この意味は大変大きい。
10時に嵐山SAに集合し11時に前橋集合、当日夜間の宴会用のつまみ&酒を購入いたし、水沢うどん、榛名湖経由草津へ、 草津へは15時前に大変寒い雨の中到着、メンバーは耐水訓練を十分経験した模様?早々湯畑、入浴・宴会を実施。
1日は快晴の中起床、9時出発、無線で交信しながら白根浅間火山ルート白根山火口を見学、有料道路を快適に下り北軽井沢から中軽井沢、、追分へ、、おいしいそばを食べてここで解散!13時、各自自分の行きたいところに出発。帰宅報告を確認する。
朝出発準備中