Archive for 1月, 2014


今日テレビを見ていたらなんでも鑑定団に水戸は大村加卜の日本刀2尺4寸くらいの寛文新刀体配、刃文はのたれに、、沸える刃・・・であるのは解ったがそれ以上は良く見えなかった。古い白鞘が付いていて破損しているので新しい鞘に入っていた。古さやには鞘書きがあってさも良い感じ。刀工大鑑によると銘ふりは長銘をいくつかきっている、たとえば常陸国水戸住大村加卜作など、、。経歴は水戸光圀の侍医で医者の趣味で造った日本刀、作例は少なく従って鑑定の大変難しい刀、、だから、、偽物を造りやすいのである。作風では初期作は幅広で反りが浅めの豪刀に丁字を見事に焼き、乱れ写りが鮮明に現れる、古作の一文字に迫る作刀があるが、晩年は直ぐ刃、小のたれの寂しい出来、、とのことでした。テレビで見えた刃文は強く沸える刀(現代刀の様)、、。もってこられた質屋さんは困ったろう、そもそも鞘書きのある刀は怪しいと私は見る、自信がないから書くのである(個人的見解です)。最初は120万、、粘られて150万、、まあいいとこだろう。この金額ならたとえ偽物でも多少利益がとれて売れるかもしれない。なにせ水戸刀は人気が高いのですから、、。もしあの煮えの強い刀が:::真贋:::であったら600万(上代)からになりましょう。偽物なら、抜刀で斬ってつかいましょう・・でも現代刀であったら斬れない、曲がる、、刃こぼれ、かも?。ところで刀売るにどうして質屋に持ち込むのだろう?不思議!。

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またしても山本太郎議員が失態をおこなった。サラリーマンが会社に登山靴を履いて勤務するだろうか?、ジャケット姿も同じ、、身だしなみは社会人にとって大切なこと。武道でも着装は大切、普段の稽古ではコストの問題から結構よれよれの袴などで稽古するが、他の道場の方々との合同稽古・昇段試験・大会などではあらかじめ用意しておいた着装で参上する。この議員(税金で活動している)はいったい・・どうしたんだろう。たぶんこの議員のブレーンが駄目なやつばかりなのだろう。このような常識をわきまえない奴に税金をつかってほしくない。

天気予報では15度になるとのことなので、愛馬金翼号のエンジンを始動、9時45分正丸峠~芦ヶ久保を目指す、、いやー指が詰めたい、、、いつもの防寒スタイルなのでそうでもなかったが、、天気予報はすっかりだまされました。途中関越を覗いたが鶴ヶ島からもう大渋滞、、だまされたの私だけでなかったようです。快適にコーナリングしながら11時15分ごろ途中のコーヒー休憩を交えて到着。いつもの通り沢山のバイクがすでに休憩していたが、、心持ち少ない。やっぱ・・太陽が出ていなおいので寒いよ、、。12時30分自宅に帰る。

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再刃の日本刀、戦乱の火事などで焼け身になってしまった刀を(大阪城炎上は有名)再度焼き入れを後の世代の刀工が行うものを言います。刀工が自分で製作した刀の刃文が気に食わないので再度焼き入れしなおすのはこの再刃の範疇には含まれないし美術的価値としては何の問題もないが、しかし実用刀としての志向からはあまり好ましくいことではない、刃の強度が低下する傾向があると思っています。この件については異論はないと思っていますが思い込みでしょうか?。さてこの再刃でもっとも有名な刀工はだれでも知っている越前・江戸の刀工康継です、あまりにも上手いので家康から一時もらい葵の紋も頂いた位です、その他江戸石堂派も巧みな再刃をしたとのことです、要するに上手の刀工は再刃が上手ってことです、、ああ、当たり前か!。美術的価値はないのでこんな刀つかまされたら、、災難でしょう。これが実に多いようです、古い時代の景光の刀(さぞ高かったでしょう)が協会の鑑定で再刃だったとか、ハバキの中を点検したら焼け身の後が出てきたとか、良く見たらハバキ上に水影が立っていたとかです。中心の銘が本物ですからわかりにくい、やはり刀工の手癖を良く認識してそこら辺を良く見るしかないでしょう。聞くところによると国宝の刀等の指定の刀にも再刃を疑われる物があるとのことですが古い時代のものはもう解らないとのこと指定を受けていると価値が保証されたと言うことですから。再刃の鑑定要素は、手癖の把握・刃文の時代性が合っているか・再刃の時刃先を引く(削る)が刃は固くなるので研ぐと解る・水影・匂い口が締まらない・平地の摩耗等とのこと、こんなの相当な目がないと・・・とても解らない品物です。古作の刀で元々水影の立っている刀もあるし、、。もっとも簡単な見所は中心の色を良く子細にみることでしょう。だから、沢山の刀の中心は見なくてならないことになりましょう。何処かに焼け身の古作刀ないかな!、、再刃で実用にいいよ!。

武道館の古武道大会

2014年の古武道大会が東京は日本武道館にて2月9日(日)に開催されます、毎年楽しみにしている大会ですので、友人各位をさそって、望遠付きの一眼レフカメラをもって行ってきます。各流派の技と着装なども大変参考になりますのでとても楽しみです、さてどんなものがみれるでしょうか?。大会のリンク

なんの為に居合道を学ぶか?、最大の理由は***日本刀が好き***だからであります。そして健全な精神と体力を養うに居合いにて稽古をしている次第です。もちろんその課程で昇段すること、試合でもちろん勝つことも必要であるのは当然のことです。しかし、****、、全部では無いが、、****、、伝統文化を破壊、、無視、、軽視のいずれかをすることはどうも我慢ならない、、自分はたいした人間ではないので人様に意見を言えないが・・はらだたしく思う。簡単に言えば、異様に軽い刀、、まるで時代劇に出てくる役者が使っている刀のように、。使用する金具(鍔・縁・頭・目貫)がまるでブリキの金具みたいな外装、ペンキの鞘はまあ、いいかとは思うが。居合いにおける見た目を良くする為、、刀を軽く、棒のように握りやすい柄(折れてしまいそうな・・・)にしてしまう者、、等々・・きりがないが、、。もうここ(平成の居合い)には「もののふの美意識のかけらもない?」のであります。試斬でも同じです、ただ斬れればいいや、、いいんだでは、、ただの斬り屋です、、軍刀(日本刀では無い)を使ってもいいとは思うが、せめて外装くらい多少は気をつかってもらいたい。***、稽古着、服装等の身だしなみに・・刀を加えるべきです。つたない愚痴でした。寝ます!

刀剣美術第684号新年号にて横山 学氏による-肥前刀雑記(41)、「忠吉系幕末3工」と題して幕末の刀工、肥前8代と9代(最後)の刀工の評価に関するレポートがなされていました。忠吉の初代と2代は上手の刀工で有名、しかし代が下がるに寄って作域がさがり評価は低くなっているが(備前祐定も同じ)幕末最後の忠吉家の9代刀工はかなりの上手の刀工である旨の解説が現存する刀から分析されていました。(そうです正月の鑑定会の5号刀はすっかり初代にいれてしまい、、まさか、一竿子忠綱とは!)・・・さて、横山氏の解説で参考になる記載がありました、忠吉偽物銘の最高傑作と判定されている押し型を交えて解説されていました、大変面白かったですので抜粋しておきます、鑑定(真贋の見分け)のポイントになりましょう。抜粋)本文中に述べたとおり、物作りと言う人種には自分の型にこだわりがあり、その形は余程のことが無い限り崩すことはない。故に、個々の作業手順、すなわち職人としての腕が極まってしまえば、自然の流れで同じ物を作り出して行き、バラツキはない。初代忠吉と3代忠吉が途中で中心仕立てを替えたのとはまた別の問題で、8代忠吉が途中で中心仕立てを替えた事実はない。中心の姿、平の鑢目、中心棟の状態など、・・・(略)。・・・図7.8の中心の押し型より、、これほど巧みに鑢をこなし、正真作より上手い達者な銘を切りながら、忠吉家の歴史をしらず、8代忠吉の銘の変遷作品の個性の学習ななしに偽作に取りこんでいる。銘の上手さだけで勝負できる物でなく、世間はそれほど甘くはない。略)その他、偽物に脇差しが少ないのは造っても金にならないか、、とも述べている。以上、確かに指摘されて良く見てみれば違うが、、ほんのちょっとにしか見えない私は修行不足か!・・文書のみでわかりにくいとは思います、刀美の新年号に沢山の押し型と共に解説がなされているので是非とも子細に読んでみては如何か!。

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あれから、19年たちましたか!・・・都市型の大震災は阪神淡路大震災です、中越や東北と違った震災です、もっとも大きな違いは火災となりましょう、また、人口密集地帯ですから多くの方々が震災され怪我をもする方もおられるでしょう。この大規模な震災では消防は火消しに徹し救助は期待できません。自主独立で持ちこたえるしかないのです、水の確保、野外での生活、食料の確保、けが人の初期治療等になります。軽傷者は自分たちで対応しなくてなりません、埼玉県にはいくつかの断層が走っていますので気楽に考えてはいられないでしょう。住民でトリアージをしなくてはならないことになります。そんな備えあります?。そこで、何時地震がおきるかで状況がかわりましょう、日中だと職場や、スーパーや、施設(病院、学校等・・)この場合、それぞれの施設で今いる人の安全・救助をしなくてはならなくなるでしょう、自衛消防隊、自衛の支援活動をしなくてはならなくなります。そんな覚悟しておかななくてなりません。まえにいた職場ではそんなマニュアルはまったくありませんでしたので、、ほとんどの事業所ではそれが現状でしょう。ともかく今できることが自分が怪我をしないことになりましょう。ああ、追加で・・厳しい言い方にもなりますが遺体の処理方法も考慮しておかなくてはなりません、それが現実です。阪神の震災には私は業務が多忙すぎて会社は行かせてくれませんでしたが、課長が社命で行きました、ご遺体が沢山道路にならんでいて衝撃だったと語ったのを覚えています。そして東北では冷たい水につかって消防隊員の方々がご遺体を捜索しておられました。中越では、集落で亡くなられた女児がお母さんにあてた手紙を倒壊した家屋の庭で発見、避難所に届けたことがあった。さて、阪神の震災では自衛隊の出動が遅れた、約4時間と聞く、またこの震災で救出された方がは直後に近隣の住人により沢山の方が救出されたが倒壊家屋に残されたママ、焼死した方もおられた。救出するにも道具が必要になります。今日では大災害の自衛隊の役割は大変大きいのは広く認識されいる、これは客観的にみて明らかなこと、しかし当時は、自衛隊嫌いの総理大臣(村山富市)と県知事と神戸市長により(部下の進言を無視して)敬遠したことで自衛隊の出動が遅れたのである。初動から4時間のロスは大きい。もう当たり前のことですが、上に立つ者は好き・嫌いは捨てて、冷静な判断でマネジメントをしてもらいたい。危機管理の観点からも猿のボスにもなれない方を選挙で選んではならないのです。至近では東京都のことだけど、、。それ以外では職場でも同じ(往々にして嫌いで進行している)、サークル活動でも同じ!。

継ぎ中心の日本刀と言うのがあります。要するに折れた日本刀の中心を(又は焼け身)刃区の下あたりからから切り取って、上はよく似た刀を見つけてきて酸素溶接・電気溶接で行うものです。中心が本物ですから中心の作者名しか見ていないと騙されてしまいます。この場合上の刀身の姿・地金・刃文などが作風とあっているかを良く見れば解るとのことです(私には無理!)、此の目を養うには沢山の本物(真贋)の刀を実際に手に持ってみるないとわかるようになりません。だからコレクターの方々は協会の鑑定会にて沢山見て勉強するのです(貧乏侍の私はヒヤカシ)。なかなか刀屋さんでは、そんなに手にとってみれるものではありませんし、ガラス越しにいくら見てもわかる用にはなりません。出来の良い(似ている、正月の鑑定刀の一竿子忠綱みたいに)刀では・・・もう解らなくなるでしょう。そんな訳で最後は継ぎ目を良く見ることになりますが、継ぎ中心の刀等・・・みたことが無いので判定できるか全く不明です。書物などでは継ぎ目は時代が立ってしまうと殆どわからなくなるとのことの様です。まず継ぎ目は表裏同じ処に入る芋継ぎは継ぎ目は見えなくなるのでヤスリをかけているから古いヤスリとの相違が出るので此処が見所。すりあげて研磨をかけている場合がある(もうわからない)ので磨り上げの有無の確認。溶接のムラによる穴(ピンホール)の確認。そのた、三味線ツナギと言うのもあり溶接ではなく鋲でつなぐので鋲の頭の色違いの確認。お金儲けの為にいろんなことをやるのですね、武道的に確認するのは、斬ってみればわかることでしょう。強度が落ちるでしょうから、ポキ!!。そう言えば何処かで刀が折れて飛んでいましたね!!!。中心から折れて飛んだら、半端でないでしょう!!。おおおコワ、!。

寒波到来を告げるニュースの中、代々木は日本美術刀剣保存協会にて行われている鑑定会に参加してきました。この鑑定会は鑑定刀5振りと鑑賞刀5振りが展示されていて、この5振りの刀を手にとってみて誰の作の刀かあてるゲームであります。日本刀1000年の歴史の中で沢山の刀が制作されています。そのうち100振りほどが国宝に指定されていて、あとの100点ほどがその他の美術品等です、このことに限ってみても日本刀のもつ意味(重さ)がだいたい理解できるのではと思います。また鎌倉初期の安綱の刀でおおそよ700年、この現代に至っても当時の状態が維持されている刀が多数あることなどを考えても我が国の世界に類を見ない鉄の文化がさらに理解できると思います。その時代の流派、地域性、時代の流れによる姿の変動などで、どこの刀工の作かを当てるのですが、だいたい当たるようになると、自分・・友人知人の・・・良い刀、好きな刀、怪しい刀等がわかるようになります。武士の間では親交の証として刀を贈答したわけですから、良い刀を見る力は身分によってはとても大切なことでした。さて今回の鑑定会は1本勝負での入札会になりますのでちょっと大変、1回の入札(解答用紙に刀工の名前を書く)でアウトかどうか判定されてしまいます。5振り当てれば100点で天位となります。1号刀は2尺7寸はあろうウブな刀とみえ、帽子は小さく、反りの高い大変優美な太刀、、刃文はコズムが刃の中は賑やかでしたので則房にしましたが、、残念「近景」でした。2号刀は、すりあがっていよう、先反りのはないものの同じような姿の太刀、だいたい同じ辺と思われましたので直次にしましたが(たぶん違うと思うが、解らないので)通りで、正解は「政光」でした、小反りでも同然とのこと。なんでも景光のながれで鑑定をみるように設定・・・とのことでした。3号は虎徹で同然、、興正でした、やや横手のあたりが違うのと刃取りがやや数珠刃となっていないてんを見てほしいとのことでした、まあ、そんな気もしたのですが、、。4号刀の短刀は姿は鎌倉、刃文は新刀、地金は?綺麗。なんだかようわからんので応永信国にした、、時代違いで能く、、。えー???、なんだ国広か、、。いわれてみればそうか、学芸委員の解説は左文字をイメージして大阪新刀に行ってもらいたかったとのこと。ちまたの言では、国広も左文字をイメージして造ったわけでなく、できたら、、たまたま似た、、っていうのがほんとだろうと言っていた。こんなのあたらねーよ。5号刀なんて、どうみたって肥前忠吉、、一竿子忠綱だそうです。なんでも刃の中の金筋がポイントだそうです、、そうかあ??て誰かが言っていました。(私で無いです)。当てた方は、姿が肥前刀でないので自然と成り行きで大阪新刀とのこと、地金は近いとのことです、でも一竿子忠綱っで寛文新刀体配と思っていましたが、まあ、注文があればなんでも造るのでしょうが、、解るか!。天位は、75点だっか?100点はいません。なお、鑑賞刀は室町の備前刀の師光などがずらり、、。まあ、いずれにしても高級ベンツか、フェラーリが買える刀を多数新年早々沢山手に持ってみれて幸せ!、ありがとうございました。

映画、、永遠のゼロ、をみて特撮が良くできていてどこまでが特撮で実写かよく解らなくなるくらいに映像が良くできていた。もちろんストーリーも大変良くできていて・・ほんとにおもしろかったのです。大東亜戦争にて戦った方々、ならびにその当時の方々の思いを今の時代の感覚で評価はしてならないと思う次第です。平日ではありましたが学校帰りの生徒、大学生らしき方々も結構みておられて、丁度特攻隊で行った者と同じ世代の若者はどのように思っているのだろうと思う、並びに靖国神社においてもそれぞれが、、少し深く考えてもらいたいと思う。

2014Yasukuni(7)-1 2014Yasukuni (1) 2014Yasukuni (2) 2014Yasukuni (3) 2014Yasukuni (4) 2014Yasukuni (5) 2014Yasukuni (9)新春恒例の靖国参拝と現代刀展に行ってきました。例年通り新春の初稽古の後に道場の仲間6人を誘って私の車にて7人で行ってきたのです。新春最後の日曜日でもありましたが帰省渋滞もなく無事到着、およそ40分ほど駐車待ちして入場(刀談義に花が咲きイライラもなく・・)、もう新年の5日だと言うのに沢山の拝観者が見えられていました、期待の骨董市はなく屋台が勢揃い、、屋台好きな方にはたまらないでしょう。それで靖国は我が国の神社で税金の交付金なして運営されている数少ない神社、沢山の方に支えられているのです。参拝後、、早々遊就館に行って、、毎年恒例の新春刀剣市を見学、沢山の方々が展示してある現代刀と鎌倉と戦国の甲冑、各種刀装具、槍など見ていました。また、全日本刀匠会関東支部の刀匠が実演と刃物の小物(小柄、現代鍔、切り出し小刀、玉鋼刃物など)で制作したものを大変リーズナブルな価格で販売していました。一般の方々は刀を熱心にみておられましたが、せっかく沢山の方が見ておられるので説明などの解説者をボランティアで置くともっと刀に関する興味も深まることでしょう。なぜか、今年は一般の方が日本刀を実際に手に持てるコーナーが無かったので残念でした、やっぱ、心ない方がいるので中止にしたのでしょう。なお、展示刀の内、一振りの所有者は私です。

 

 

「奈良もの」と言われる刀群。、○ある方が丹波守吉道の脇差しを入手した。菊紋があり初代かもと言うことであったが目利きの方に見てもらったら「吉道ではなく、おそらく奈良物と言われる粗製刀で、「奈良見物のお土産にどんどん売ったものであろう」と言われた。いわゆる数打ちで価格もひどく低い物とのことでした。●江戸時代に数打ちがもとも多く造られたのが江戸、大阪、姫路の三カ所。数打ちが多かったのは人が集まるからで、下級武士や、町人や旅行者が護身用にと言うよりは、山賊や泥棒よけ位(お守り)で、安い道中差しが欲しいとか言う方が多かったものと思われ、このような方々を対象に正常な鍛えをしないで手抜きして造った数打ち刀に粗末な拵えをつけて、直ちに使用できる状態にして数打ち刀の販売がなされたのです。その為数打ち刀には脇差しが多いのでしょう!、もちろん刀であれば下級武士ようであったと考えるのが妥当でしょう。江戸や京都には藩邸がありましたから故郷に帰るにあたってお土産として立派な銘の入った刀を買って帰るなんてことも会ったと思います。また、戦国期の数打ちは、祐定・村正・勝光等が工房を造っていて、注文を受けて造った為打ち物(上物)から、、流れ作業で大量に造った無銘の刀で内容に寄って(お金の量)品質を替えて造った物、工房の弟子筋等が造った偽物など、、いろいろあったと思います。戦後期のやや作粋がおとる刀をうまく見つけることができれば良いでしょう。わたしもそんな刀無いかといつも心がけています、思いが有れば名刀はやって来る物です、但し一生に1回位でしょう。また、奈良物でも型居合で斬らないなら、お安いので模造刀よりは、はるかに増しといったところでしょう。刀を知る我を知る!。だいたい刀屋さんで、居合用と言うと、斬らないならこのへんでどうですか!と勧める刀です。

出来の良い、「祐定脇差」にこんな話があったとのことです。備前國住長船与三佐右衛門尉祐定の脇差し、永正年紀の裏名、身幅重ねのある浅い腰反り風のしっかりした姿、良く詰んだ板目、丁子乱れ、匂い口しまる、中心も尻の張ったしっかりした姿であり銘も頗る上手で古サビの調子も良く、これだけの条件が整っているからまさか偽物・・・と言う考えがあったが甘かった。その上持参した人がいつも会っている信頼のおける人であったのがいけなかった。その方も目違いとは思うが、、刀は人ではなく、刀そのものを良く見て判定しなくてはならない!。●偽物でも良いとの割り切りで購入し、我が佩刀とする割り切りがあればそれでも良いとは思いますが、今度その刀を他の方に譲る時は知り合いに譲ってはいけません。譲られた方がしっかり理解していれば良いのですが、そうでないと後で何か言われたりしてしまいます。さて、末備前の時代贋物は多いことは、だれでも知って(多分?)いることとは思います。もっとも大量に市販されたのが幕末の頃です。末備前の偽物の作者は、多分は桑名鍛冶に多く、中でも最著名が名工に山城国出自の刀工、三品広房(三品半兵衛)が上げられます。その他には固山宗次系の刀工らしく、前記広房もこれらと交流があったとされています。広房は義面斎と称し、伊勢国桑名、伊賀国等に転住し時代は幕末、嘉永頃の人、器用に偽物を造る。補足ですが、江戸初期には30名程の祐定を名乗る刀工がいましたからこれらの刀はその意味では偽物でないでしょうが、戦国の祐定とはまったく違う刀です。

2014初走行

元旦です、本年はどのような年になるのでしょうか?、それは神のみ知ることなのかもしれませんが、有意義のある年にしたいと考えています。そんなわけで初走行してきました、天気も大変良く、なおかつ暖かいので最高のショートツーリング日よりになりました。感謝です!。

2014Gantan