Archive for 3月, 2014


mtGL1500Coupeバイクは2輪です、サイドカーは3輪・・・サイドカーもバイクの仲間です。理由、、ヘルメットかぶってのっているからです。ところがトライクはどうでしょう、トライク知らないですか?、後輪が二輪になっていて前についているエンジンからシャフトで後輪の2輪をデフギヤーを介して動力を二輪につたえて走行する使用になっています。そのほとんどが国産・ハーレーなどの大型バイクを改造して制作されている。おおよそ300万~500万でありましょうか?。これは大型二輪免許が必要でなく普通自動車免許で運転できることからどうも人気のようであります。まあ2輪とちがって転倒・立ちコケがないからいいのでしょうが、、でもぶつれば2輪もトライクも同じことになります。要するに路面に投げ出されるのです。本日秩父は芦ヶ久保までショートツーリングに行ってきました、まだ、山の上は雪が残るので長野や群馬にはいけそうもないこの時期は秩父は雪もなく良い季節です。沢山のバイクが来ていましたが、、その中にトライク2台が来ていて、、とうぜんノーヘルメット、服装は上下の皮のジャンパーを着ていましたが、頭には毛糸の帽子でおしまい、、。たぶん、、ノーヘルメットが格好いいと思っているのでしょうが、、馬鹿丸出し、、ですので、、やめた方が良いと思います。はっきり行ってすべての運転者にとって***迷惑***です。ええ法律に規定されていないから、、良いんだそうで、、ご立派ですほんと、、。ヘルメットかぶってトライクに乗っている方は当然ライダーです。


広告

***天正18年(1590)には、足利に滞在し、足利の城主であった長尾新五郎顕長の注文に応じて鍛刀し、「山姥切」と称される名刀を制作しました****とのことでした、國廣が関東にて作刀していた、なんてまったく知りませんでした。古河歴史博物館にて國廣の刀をまとめて拝見できたのはわざわざ、埼玉から片道3時間、50キロ対した距離ではないのですが栗橋線は時間がかかるのを覚悟で行ったかいがありました。特に刀 銘 日州古屋之住國廣 天正六年二月吉日 重要美術品の刀は、戦国刀らしからぬ姿に、備前風の互の目が大きく乱れる刃文で地金は黒ずんで見合える姿がとても印象的でした。この博物館の照明がとてもよくて鮮明に刃文は見えました。このあと、GLにて渡瀬遊水池に行って広大な原っぱと遠くに見える榛名、赤城、浅間山?の山々が良くみえまして良かったです。帰りは、羽生・鴻巣経由でやや早めに帰宅できました。



最近なぜかテレビ朝日のドラマが良くできている。ようやく録画しておいた宮本武蔵・木村拓哉主戦をみました。確かに映像がとても綺麗でアングルが旨い、NHKみたいな撮影の仕方ですね。それに殺陣のシーンもかなり気合いの入った撮影でなかなか良かったですね、まあ、最近の時代劇もこのくらいで撮ってもらいたいものです。あとアップで刀が写るシーンではきちんと真剣をつかっているもの好感です。C級の時代劇ではもろ、模造刀を使っていてほんと、イヤになってまうのです。最後に嘘?を映像化してはいけない、、青竹は水平ではきれないぞ!、たぶん、水平で斬ったことがないので確信ではないが、、たぶん、刀は折れるぞ・・・。後編は後日に、、楽しみです、出来具合が・・、あああ、菊の花を斬りまくるのは、、朝日らしくてとても良かったです。追伸)後編についても、吉岡一門との戦いもなかなかの見所でしたし、最後の小次郎との戦いも良かったですが、大分中抜きって感じでテンポが早過ぎたって感じですが、相対的な出来はいいです、と言うより他の時代劇がひどすぎる手抜きと言ったほうが正解なのでしょう。くどいようですが青竹は水平で斬れるのですか?。

kimutaku-suihei


刀剣春秋を見ていたら映画「るろうに剣心」で登場した架空と思われていた刀が発見されたとの記載を発見いたしました。新聞にのった写真しよめませんが実在したとは驚きです。いったいどのような刀術をしたのでしょうか?、今後が楽しみです。いつかの日か綺麗に研磨された展示をみたいです。その記事を記載しておきます、並びに広告も読みたい本があります。

刀剣春秋741号掲載。
実在した「逆刃刀」千葉県白井市の旧家で発見一昨年、実写映由が大ヒットした人気コミック「るろうに剣心」で、主人公の愛刀として登場する、刃と棟が逆になった「逆刃刀」が実在していたことが明らかになった。コミックや映画には登場していたが、架空の刀で実在しないといわれていたもの。発見されたのは刃渡り22.6㎝の短刀で、コミックの打刀とは異なっているが、通常の刀の棟にあたる部分に刃があり、逆に刃にあたる部分が棟になっている。刀剣としては他に類例がなく、貴重な資料であるという。 昨年10月月、千葉県白井市の個人宅を調査していた同市の教育委員会が発見し、コミックに倣って「逆刃刀」と命名した。発見された旧家は、江戸幕府が設置した軍馬を育成する放牧場の小金牧(こがねまき)を管理する牧士(もくし)を務めて、苗字帯刀のほか、騎乗や馬を野犬から守るための銃の携行も許されていた家で、この刀も牧士に関する江戸時代後期の資料と見られる。同家の資料は古文書や衣類・馬具などが、すでに県および市指定の文化財となっており、今回の刀も文化財候補になると見られる。警察に発見を届け出て県教委の登録審査を受けたが、通常の日本刀の製法に則っていないため登録できず、市に寄贈された。 無銘で、刀身は錆びているため残念ながら刃文は見えない。また、鞘も極めて特異な形状で、なぜこのような刀が作られ牧士の家に伝来したのか、今後の調査研究が待たれるところである。
▽全長=約28.1㎝
▽刃渡り=約22.6㎝
▽身幅=約2.1㎝
▽厚=0.45㎝
茎は非常に短く、目釘孔は一。無銘。反りは浅い。通常の刃のある側が角棟となるが、厚は一様ではなく、刃先で一度厚くなる。 柄は鮫皮に黒糸巻。目貫は羅漢。鉄鍔。頭は赤銅龍彫。縁は赤銅三鈷剣彫で、銘「東○行年七十一歳」。栗形は金属をかぶせ皮紐を通す。鞘は赤漆塗と見られ、鞘尻に行くに従い幅が広くなり先端に孔を開け組紐を通す。

sakabatou-3 sakanatou-koukoku2 sakaba-koukoku-2 sakabatou

 

先月の鑑定会は、あの超大雪でとてもいける状態ではなかったので中止、それでも来た方がいるとのことご立派なことです、地方から来ている方は早々中止と言うことにはならないと思います。さて今回の鑑定会。まず鑑賞刀では粟田口の短刀から保昌、、美濃の兼先までの細直ぐ刃の短刀が5振り展示されて・・なかなかの見頃でした。学芸員の方の説明では古代人の作刀技術の高さは江戸期以降から現代にいたるまで復元・達成できていないこと等を考慮してもすばらしいものがあるとの説明がなされました。これに私の個人的な解説をくわえると太刀より打刀、、脇差しより短刀、、派手な互の目、乱れ刃よりの直ぐ刃、、大直ぐ刃よりも中直ぐ刃、、そして細直ぐ刃・・・の方が制作が難しいのです。刀工の腕をみるには短刀、、それも直ぐ刃を均一に描く能力となりましょう。それが細ければなお、、良しです。地金は、、まあ、前回書きました。そこで今回の1号刀は板目肌ながれ整備な地金の太刀これは間違いなく鎌倉そして末期あたりと踏み、、さらに細直ぐ刃なので来、でも地金の写りが無いので悩み・・でも来国次で入札、、見事イヤ。こまって長光、、で通り。えーと困って、、古青江直次、能く。結局末青江とのことで、無銘の極め、無無無!。なんでも中青江はいまの時代では存在しないそうです???無!。2号刀は、短刀、小脇差し大きく湾たれた沸えの強い姿、重ねがやや薄い姿をうけて、駄目なところは身幅あり、、焼きだしがあるのを見間違え、延寿で時代違いイヤ、元にもどって国広で通り、、うーん井上真改で同然、すっかり見間違いました、、結局和泉守国貞(親)でした。よく考えてればあんな身幅のある延寿はないよな、、馬鹿!。3号刀は、みてすぐに判る末古刀、まず刷り上がった鎌倉か初期室町の太刀姿でないよなを、、姿をみて確認、、次に地金を見て精美な板目肌、映りの具合、、刃文、、丁字の具合、、刃縁の締まった姿、、カニかああ、、末備前清光で同然でした。えーと当たりは誰だっけ?。4号刀は、3本目でようやく当たりで多々良長幸、またしてもミス、、安定、、江戸ではないだろうかなり派手な刃文地金、、大阪だあ、、国貞で能く、、えーと、、刃文が備前風だからでようやく、、当たり。この刃文は長幸の典型的な刃文、、です、今後は間違えないようにとのこと。5号刀の寸延びの短刀、、身幅が狭く2筋樋、、互の目乱れ、、沸えるが地金が、白ける、、姿から。ああもう応永備前の短刀、、で誰に入れるかがわからない??ですたぶん大きく沸える乱れるので、しかたなく師光で同然、、家助であたりでした。今回の鑑定では、1号刀がもっとも難物でした、、特に特徴のない細直ぐ刃、、なんにでも見えるわけで、わかっていたのは映りがないので、、悩み、、地金で悩み、、結局は無銘の鎌倉刀、、こんなのは無いよね、無銘の極め!!。さてコレクションでは在銘の鎌倉では1000万を下ることはないようですが、無銘の鎌倉、、さてどうするか、、そもそも戦国末期激しい戦闘が行われ沢山の焼け身の刀ができあがりました。平和な江戸期に入って沢山の刀が***再刃***され現代に至っています。数百年たつと前述のようになりますので・・・・です。ともかく、鎌倉がはっきりわかっていても無銘の刀は御法度です、いくら300万とかで手頃な鎌倉刀でも良く考えた方がいいです。古作の刀、焼け身でも買った、、あなただけが、、お馬鹿さんなのはこの世界の常識です、そんな刀で自分の身が守れるかは、はなはだ疑問となりましょう。最後に先生から、外すのは良いのだけど、あまりにも大きく外すのはいけませんとのことでした、おれ、延寿にいれました、、ああ俺のことかあ。それから最低限末古刀はわかようにしてくださいとのことも付け加えられました、まあ当然ですね。一流のオリンピックアスリート(サムライも)も道具にはこりましょうから・・。

201403Kanei

渓流詩人さんのブログ(刃文・刃中・刃先リンク)を見ていてほんと、居合道家、、抜刀家も含むが刀を知らぬ者がいます。はっきり言って決して少なくはないでしょう。これは個人の責任もありますが指導する者にも大きな責任がありますしもっとサムライが使う道具について研究を深めてもらいたいと思います。たとえば昇段試験時の筆記試験には3問中の一問は道具についての問題を出題するのが最も効果の高いものと思います。もちろん出題するのですから日刀保の会員である必要は出てくると思いますし、毎月実施されている鑑定会にも出席してその刀を見る技術の習得・レベルアップをしてもらいたいと思う次第です。

ちょっとしたことで、ある方のブログを見たら日本刀の制作期間について記載がありました。最短の制作期間が2ヶ月とはあまりにも遅すぎるとのことでした。これが戦国時代ならどうなんだとの弁。なんとなくわかるような気もしますが・・良く考えてみるとちょっと理屈が合わないのです。相変わらず「野武士」だなあと感じる次第・・・そうそう私も居合いで野武士的と言われていますので同じ仲間ですね、、良かった!。さて戦国時代の最大の生産地はみなさんもご存じの備前、、備前が水害でほろんでしまうと美濃にうつりました。美濃では文献によると(刀剣美術等・・)分業が推進され大量生産の数打ち刀が生産されました。ようするに和鋼を大量に制作する大鍛冶集団が形成されたのです。ですから地金があるか無いかで制作期間がきまるのです。遊就館の展示会である有名な刀工に一般の方が最短の制作期間について質問されてました。その刀工は「3週間」と答えておられたのを記憶しております。そのことをつたえたところ、、あの方は良い地金をもっているからなああ・・・、俺はもっていないので時間がかかるんだよ、おれにはとてもできない!もう5年以上前の話です。仮説ですが、もし戦国時代の地金がタイムスリップで存在したら現代刀工は、戦国時代の上手の刀工の刀をいとも簡単に制作する・・・と言う刀工もいます。そうなのです、刀は地金勝負なのです。********かさねて、人はみな、、それぞれ、、色々、、なのですよねー!!、だからおもしろいのではないでしょうか?。ちなみに地金造りは秘伝中の秘伝ですね、かの清麿の地金造り清人が習得することのないまま、師匠が自刃してしまい、没後、師匠の残した地金で造った清人の刀が現存していて、まことにすばらしい出来との評価です。tanren4 tanren1

NHKスペシャル災害ヘリ、映像は語る知られざる大震災の姿・・・を見て!。あっという間に3年たったのですね、この番組を見ていてあのときの脳裏に焼き付いた映像がいまだに昨日のようによみがえってきます。サムライとして国難の時は、刀をスコップに持ち替えて参上するのが当たり前と思っています。埼玉からは一日かければ行ける距離ですから刀振り回して稽古をしている場合ではないのです。さて我々埼玉RBバイク隊はトレーラーにバイクを2台、車内に1台を車載、併走のバイクも併せて燃料もトレーラーに車載して6名で、4月のはじめに現地に向かいました。途中高速の路面は悪く、燃料も途中でナカナカ手にはいらずでもなんとか石巻の運動公園の自衛隊の活動基地内にコネで宿泊用のテントを設営させてもらいました。ここはすごかったです、東北の活動拠点で司令部のある場所でして、多数の自衛隊テント、車両、無線レーダー車、そして夕刻近くになると多数のヘリが着地、即飛び立って行く姿が繰り返され、、まさに、地獄の黙示録を見ているような臨場感がありました。次の日はあの大川小学校の直ぐそばの被災地でバイクを使用した活動をいたしまし、 3日目はその近くでヘドロ掃きだしでした。

 

I (5)

I (8)

I (9)