Archive for 6月, 2014


今月号の刀剣美術の投稿、滝澤 巌氏の「郷土の田舎に伝わる刀剣類」についての記述で北越戊申戦争で亡くなった長州藩兵を含む遺体処理の関係等で刀は邪魔だったのか農家には不釣り合いな迷刀がある・・・略。未登録の刀もあり現在では取り上げられる(警察に)ことは無いので登録をとのご提案と、北越戊申戦争伝承館の案内がされていました(添付)、こんどツーリングがてら行きます!。この投稿を見ていて思い出したのは中越地震で復興ボランティアで参加した朝日山古戦場復興活動でした(参照)でした。ここ朝日山は戊辰戦争で西軍が唯一敗れた戦いとのこと、なるほど頂上からは長岡方面が良く見えるのです。この長期にわたるボランティア活動で地元の方と仲良くなりまして北越戦争の話になりますとこの戦いの恨みが聞こえてきます、それは戦争で亡くなった旧幕府軍方の将兵の遺体の処理を禁止して長らく野にへの放置を強要したことへの恨みでありました。武士道にあらず!の行為となりまして、、恨まれて当然のことと思います。この戦いのついては以下のブログ・長岡藩の志士・に記載があります。この復古活動で記念に造ったTシャツは良き思い出になっています。ところで長州の方は、中越震災復興には参加したんでしょうか?

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都議会で男性議員が公の場で女性議員に性の違いを挙げてヤジを飛ばした。まあそんなにひどいヤジではないが差別発言であり(相手がどう感じるかが大切、映像ではまあ、そうでも無い様子がうかがえる)処分・か責任をとらなくてはならない、、これが現代社会のルールである。でもこれが逆であったらどうであろう。最近では安倍政権では女性の活用とかでこれからは女性の管理職が増えてくるから充分ありえることであるが、、たとえば「男のくせしてこんなこともできないの!」なんて言ったらセクハラ・パワーハラとなるの明らかなのことですが実際に起きた場合問題となるでろうか?。どうも女性と言うこで・・あることを優先に、、世間体を考えて実力もないのに女性を管理職にしている会社がある、そんな上司についた男は悲劇となる、、苦しい思いをしてきていないから、、平気で男性の自尊心を傷つける発言を簡単にするのである、、ああしつれい、、することもあるやもしれないとしておきます。人間経験は大切であります、若くしてオペレーションする立場になると危ないのである、特に女性の多い職場・会社では(8割は女性の管理職)の場合は、やたらと細かいことに気がつく、記憶力が良い、、女性は・・・大ざっぱな男性、忘れっぽい、、が許せないのであります、、よく考えてみてはどうか、、それは神がそう造ったのであります、、。まあ、言わないと判らないののですが、、言い方ですね、これをマスターしたら管理職と一人前ですが、、どうだろう。まあ、もう、、どうでも良いことではありますが、、。それから年上の者に敬意をあはらわずして暴言を吐く、、道場もある(処分にて免責)ので(希に・・)注意願いたい。

今年の埼玉県名刀展は入間市博物館にて9月14日から9月28日まで開催されるとのことです。今年はどんなテーマにて実施されるか大変楽しみです。また併せてイベントとして実施されるかと思われる各職方の実演も期待ができると思っていますので楽しみです、、どんな物がみれるでしょうか?。武道の実演もいいのでは思いますが、、いかがでしょうか?。

 

いまや、結婚しない、できない?女性が大変増えているがこれってどういう事といつも思っているのである。結婚なんてしないで仕事していた方が良いよと思っている女性が増えて、海外旅行にいったり、綺麗な服買ったり、車にのったりしていたほうが、子育てなんて・・とんでもないと思っている女性も増えているのだ。妻はいつも言っている・・わたしなんか22才で結婚して25才で生んだと言っていて、早く結婚しろといつも言っている。塩村都議の父親に聞きたい、、「いったい君はどう思っているんだい、娘に早く結婚しろ・・と言っていないの?」、、結婚もしていない者が、、少子化問題なんて・・おかしいだろう!!。妻は言っている、、塩村早く結婚しろ・・と。真剣に相手をみつけなさい、、いないんなんて、、それはおかしいだろう、、。でも本音は決して口に出して言っては、ならないのが職場だ、、それが常識で、うっかりは命取りと認識しなくてはならないのです。

奥州月山派に始まる綾杉肌と言う特異な地金をもった刀をつくる流派の流れをくむ現代刀工月山貞利師の製作する日本刀展が東京日本橋の高島屋本店6階の美術画廊にて7月9日から15日まで開催される。ギャラリートークが12日(土)の14時からとなっていますが日刀保の鑑定会でもあるので聞けないのがとても残念ではありますが、刀と刀身彫りはなんとか見に行きたいと思っています。刀の地金の肌にはいろいろなものがありとてもわかりにくいがこの綾杉肌はわかり易いので是非とも体得してもらいたいと思います。また、この流派は刀身彫りでも有名な流派ですのでこの、彫りも必見と言えます。この流派についてはウイキペディアにも(月山)若干解説がのっていますのでご覧いただけれな多少は理解できると思います。

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いぜんゴネテいる公明党ですが、ペルシャ湾での機雷の除去は我が国の生命線でもありこれができないようでは大きく国益を損ねることになります。いったい公明党はなにを考えているのだろうか、平和と言っていれば平和がくると思っているわけではないだろうと思います。いま中東ではますます混沌とした事態になっていてイラクの崩壊が予見される事態になっています、いつ戦乱が拡大してイスラム武装組織が機雷で封鎖することにならないとは言えないと思えます、そんな時に機雷の除去もできないで、、しなくて良い(公明党)で済むおもっているのでしょうか?、公明党は「はやく政権からさるべきた!」。

刀剣美術6月号に平成26年新作名刀展にて正宗賞に輝いた、河内守國助国平刀匠の刀の押し型が掲載されていた、確かに現代刀でありながら映りがたっており・・・すばらしいかぎりであります。刃文も技巧的で大変なものです。こちらの刀は代々木は刀剣博物館にて展示されているはず、、なので(7月13日まで)・・7月12日(土)の鑑定会は参加の予定ですのでなんとか時間の都合をつけて見てみたいと思います。刀はやはり見ないと駄目です、絵とか写真では旨くないですから・・・。ついでに7月15日まで東京日本橋高島屋で「月山貞利展」が開催されているので、、こちらも見てみたいと思っています。月山派は刀身彫刻でも有名な流派なのでこの辺も見所です、信仰の対象としての日本刀と刀身彫刻も忘れてはならない存在ですから・・ね!。

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すぐれた工業規格になれすぎて性能は皆同じという家電などの感覚で日本刀を見てはいないだろうか?若干の疑問が残る。材質が均一でない、すべて刀工の手作業(勘どころ)、等々でできあがる刀についてはバラツキがでますこれを自然性があると言うらしい。本日も70本ほどの巻き藁を10人で切りましたが斬る腕前および斬り方、豪快に斬る方、私のように基本通り軽快に斬る者、こだわって斬る方、巻き藁も2枚巻き、1.5枚巻き、、1枚巻き、半巻きなどいろいろ、最近は古竹・青竹はめっきり斬っていない、切り出す私が元気がないことが原因だが、どうも60をすぎると、、おっくうになる。さてここに、2口の刀です、上は普段試斬でつかっている私専用の2尺4寸、刀身重量1キロの刀、、下は2尺2寸8分の刀で過去何度かこのブログでもお目見えしている品物ですが、2口とも本3枚鍛えの刀ですが中身は大夫違うのです、上は過去10センチ程の青竹を竹藪で豪快に斬ったかたがいる位強度は抜群「別名水戸刀」、したは普段試斬で貸し出しように提供している別名「柳生刀」ですが強度は最下位です、でも今日も2名の方が代わる代わる試斬を実施等何倍も斬っている刀(水戸刀にくらべて)、また過去数度・・飛び破損しているが、、未だに元気そのものです。巻き藁を斬るならこの刀の方が軽快にきれるが、、10センチ位の竹を斬ったら多分壊れると思っています。もちろんそんな無茶はしません、下品ですからと言うよりお金が沢山ないので駄目です、やってみたらと言う方がおられましたら資金いただけらばやりますが、、そんな、物好きな方はいないでしょう。

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早期退職でキャンピングカーで全国を旅する。今から5年前そのときには私もその夢を持っていた、実現は自分次第だから夢ではないとは思うが、結局退職してからでもOKかとは思ったが、、、しかし実際に退職してみると妻はすっかり身体が弱ってしまい、、しかたなく、ソロツーリングで約1週間北海道で終わらしてしまった。1週間、、定年でなくてもと思うが前職の食品スーパーマルエツ(首都圏に260店舗)そんな超長期の連休は不可能であったのでそれから見ると夢はかなったのかもしれない。ドラマでは退職割り増しで中古のアメリカンキャンパーを購入とあるがあの手の型は結構、、てごろでおつりが結構くるが大飯食いなのでおつりは直ぐに使い切ってしまうだろう。確か割増金は500万だったが、最近になって中止?廃止!となった。使った者はほとんどいないと聞くが実際はわからない。継続雇用で安く使えるとの読みがあってのことかもしれないが、健康が維持できてのこと、スーパーの勤務は過酷で管理職対応となるので厳しいだろう、パートの手もあるがどうなるや・・。ドラマでもそうだが再就職は同じ職種なら意味がない、、だらだらやって定年までいるのがgoodと思う。他の職種に行くならわかる、、ドラマでは娘に言われて同じ職種で探すが(リアルすぎて冷たいね・・)、、ただ現実を見せられて、恥をかいて、、病気になってしまった。また、ドラマでは妻に反対されて悩むが、、健康で元気で仕事を持っているので反対するのが当然である。私は思った、一人で行けば、、と、案外気楽だぞ!ああペットの犬をつれていくといいよ!。

いつだったか、刀剣コレクターであり剣道6段、都教員の方を試斬にさそったことがありましてそのとき「抜刀は下品なのでしません」と言われました。まあ私も含めてそのような方は多いと思いますが、それでも見学は大好きで来てくださり、そのときお土産で南海太郎朝尊の豪快な刀をもってきてくださり、、なんと試斬をさせていただきました。どこから見ても新々刀ピカピカで、、なんとも言えないバランスをしていました。通常では有りあえないバランスです、これは間違いなくサムライが刀工に言ってつくらせた刀です、技に合わせての仕様なのでしょう!、確かな勉強になりました。古来サムライ達は刀工に指示して刀をつくらせたのです、それが現代に伝わってきている伝生品なのです、刀工が勝手に気ままに造ってきているものではないのです。戦後平和ボケしていた日本人が多くいる中(昭和期から平成15年位まで)で、、刀剣コレクターは見た目に美しい日本刀を多く刀工に注文してつくらせました、彼らは抜刀は下品ととえている方が多いと私は考えています、東京の一等地に構える刀剣店はだいたいその傾向でみて間違いはないとみなさんも見ていると思います。これらコレクターの方々の代が替わり、現在は市場に美中心に制作された刀が出回ってます、この刀を道具として使うのは場違いです。たとえば、ファッションモデルに道路工事の誘導(居合い)や、スコップを持たせて穴掘り(試斬)をさせるようなものです。現場作業員が自ら道具を発註して・・・自ら使うのが道理です、道理の判らぬ者は不作法者となりましょう。あとブログの記載が乱暴ばかりだと・・一般の方々(まったく関係のない世界の人々等・・)に乱暴な人たちと見られますので、とても残念です、、みんないい人ばかりですから、おたがい注意しなくてはと思います。

日本刀の姿

姿については協会のHP内の各時代の特徴のところに画像とともに平安末期から室町までの太刀の姿が掲載されていて、戦国期から江戸末期の打刀も掲載されている。やはり姿としてしっかりとらえてきたいのが末古刀と言われる戦国刀であります。もっとも激しい戦闘が行われた時代の要請で片手振りともいわれ軽量で反りがあり軽快な刀であります、この辺の刀はペラペラの重ねで戦場をすばやく動くのに適した姿となったのです、軽い居合い刀をのぞみならこの辺の刀が良いかもしれませんが反りが大きいので技で剣先がさがるのを気にする流派には不向きかもしれません。抜刀でも軽快に斬れ、戦国期の刀は古刀のなかでも良く斬れるともいわれています。この末古刀の姿をとらえることができればあとは江戸期のはじめと終わりの刀の区別がつけば、、刀を知らぬとはならないでしょう。あと外装では鍔の姿を覚えてもらいたいです、鍔と全体の姿から刀を見分けできるようになっていないと、、駄目です。バイクでも友人・知人のバイクが直ぐにわかって当然と同じです。外装関係は毎日のようにヤフーのオークションでも見ていればだんだんわかるようになります。本、博物館、刀屋さんで沢山にれば自然と目がなれてきます。この辺興味がないのであれば、、ただの武道家にすぎないと言うことになりましょう。

表題の本、だれか製作していだだけると大変ありがたいことになろうと思います。斉藤清人は師匠である清麿とは大変短い師弟関係であった、多数の注文残を(代金は1口に付き3両いただいたまま・・)のこして自刃した師匠の代作で刀を造ったあと田舎に帰っていった、その実直な姿勢は高く評価されファンは多い。さて、日本刀の知識習得・鑑定習得は大変敷居がたかく、そう簡単にある程度わかるまでのレベルに達成するのは大変なことでありしょう、良きアドバイザーが必須です。わたしもなかなか判らないことだらけですが、それでも姿は多少はみれるようになったような気もします。地金・刃文は武道家であれば特には判らなくてもいいのではと思っています。日本刀の姿は時代の要請(戦闘方法・・)でつくられていますので・・抜刀して向き合った敵の刀の姿をみて敵の技の傾向を見抜いてこそ武人でしょう。ともかく姿がわかるようにしてください、ポイントは沢山の刀を見る、、何度も・・が必要です。わたしなんか幼なじみの家に遊びに行くと、数年に一度くらい・・、かならず刀を見せてもらいます。おもしろいことに毎回見え方が違って見えるのです。できるだけ手に持ってみないと体得しません、いくら、博物館で見ても、あまり身にはつかないのです。何度も見せてもらいましょう(それだけの関係が必要・・)。ちなみに抜刀用の刀は柄を外すのは敬遠されますので注意が必要です、理由はわかりますよね、、。刀は中心をみて刀工の腕を見ることになります。中心仕立て、、。

昨日の鶴ヶ島と霞ヶ関駅間、東洋大学の踏切でのトラック炎上は帰りの通勤の大障害になった。夕方の東上線が4時間不通になり川越線に流れる人が南古谷の駅まで沢山の方があるいた。これにともない送迎の車が川越市内に向かい大渋滞となった。14キロほどの通勤で通常は夕刻でも40分あれば楽勝の通勤であったがまったく動かず、、実に2時間20分を要して自宅に到着となった。電車の通勤客も大変だか車も大変!、もうかったのは飲み屋さんだけだろう!。たった一人の馬鹿が大変な迷惑をかけたのである、解体業者が4トントラックに装着のクレーンをあげたまま走行、線路の高架に接触、火花で荷台に引火、、トラックが全焼した。

最近はダイエット、砂糖の入ったもの(キャンディ)は食べない、危ないのはパンだ要注意。さて日本刀は時代の要請にてつくられるのです。そこで江戸初期の刀工津田越前助広と繁慶は両極端の刀工だ、助広は「美」で繁慶は「武」といったところだ。現代(~平成)では美が中心に制作されている、美を中心に注文がされ、販売されてきたからだ、これが時代の要請でありそれに対応して戦後は特に「美中心」の刀がつくられたのです。この美を念頭に置いた刀は武道には適しません(おおかたの意味)。試斬ではなく居合いではと思えるのですが、、おおかたかなり大振り(口)の刀になっており重くとても使えません。また、居合い用につくられた安めの刀も試斬にはむきません(切らないが前提になっているから・・)。現代刀工から見れば、武道家は(以後おおかたの意味)刀を知らない、口ばかりで・・金を出さないがおおかたの見方です、もちろんそうでないかたも居ます。仮説の話ですが、もし、江戸時代初期の和鋼が現代にあれば、江戸期の刀工を超える刀を現代の刀工は造るだろう言われれています。刀の出来は地金がほんんどなのです、、この地金造りがすばらしかったのが清麿で、自刃後弟子の斉藤清人が師匠が残したと思われる地金で制作した刀が残されていて清麿そのものと判定できる秀作となっています。現代刀工が使い物にならない日本刀(実用試斬・・)を造るとよく言われますが(御意)、、どうでしょう、現代のサムライ諸君に提案があります。提案)100万円の現金を用意して、30万円とご希望の刀の仕様とあら試し斬りの案を制作して制作依頼をしてみてください。刀は常寸、打ち下ろしに仮柄、簡易研磨で、あら試しで評価できることを確認の上、残金の70万円を支払うと言うことで、外装は注文主が制作することが前提。あら試斬方法はよく協議してください。まあ、そんなところです、がんばってください、がんばれ!。さて、もっともよく斬れる刀は戦国刀ですが、そのような地金は少なくしたがって節約の意味でも本3枚になっていきましょう。なお武用ですから美は重視しないことになり地金・刃文はまあ、よしなに・・となりましょう。

 

前回では公明党がゴネテ我が国の安全保障に支障がでていると記載した、いったいいつまでゴタゴタしているのだろうか、もはや、先延ばしで国益を損ねてはいけない、自分の選挙ことしか眼中にないようですある。一つしかない支持母体の支援がうけられないことが主な要員だ、多分沖縄には組織がなく仲間からの要請がないから沖縄県の一部が占領されることなど平気なのかもしれない?。でも我が国のシーレーンが危機になれば株価は大幅下落して破綻への道がまっているかもしれない。戦争をしたくてしかたがない中国の軍隊の野望を徹底的に事前に殲滅しなくては実力行使をしかねない、そのときよってたかってみんなで防がなくてはならない、その時必要なのはみんなで対抗することだ。どこの国でも平然ともっている機能だこれを集団的戦闘行為と言う、兵隊が死んでも平気な国の軍隊と戦うには必須だろう、、これを否定する公明党の根拠が曖昧だ、というよりも適当に逃げている政党だ、もう政権の座からおりてはどうだろう、野党でいたほうが楽だよ。公明党さん。

浪人となったところの・・わたしのこのブログ掲載について友人及び恩師から”誤解を招きやすい文章を書く”との趣旨の指摘をうけました、並びに同じ人はいないから、読む人によって違った判断をするとのことです。まったく同感です、誤解を受けないようにはっきりかけば、完全に社会秩序を乱すことになるから書けないのが、、あたりまえの事になります。だからやや、難解な意味ありげな記載になります、だからこそブログになるので、読む人によっては怒り心頭になるのでしょう、それはそのように判定するからです、誰かが言っていました、いやだったら読まなければいいのだと・・私も嫌なブログはほとんど見ませんから・・。でも現実空間にいきなり・・持ち込みは御法度です。安全飛行していたらブログの存在感は当然低くなること受け合います。安全飛行するのは現実空間でのことになります、仮想空間で墜落しても痛くはないでしょうから・・・。

前項で暴言について記載したがついうっかり出てしまうことはママあるのでありますが最近ではこれは命取りになる(職を失う)重大事案でもあります。前職でもあった食品スーパーでのコンプライアンス重視の政策は徹底したものでありました。具体的に事例を挙げてその防止につとめていまして良好な明るい職場環境が形成されていました、特にAランク対策はパワーハラスメントとセクシュアルハラスメントで、これは社内申告されると処分をうけますから要注意でした。何が該当するかは知ってなくてはならないことなのでここでは記載しませんが、これを知らない世代があるのは当然のことでしょう。丁度私の世代から重点的に始まったものですから昭和27年以前の世代ではほとんど教育をうけていないのでともすると出てしまうことになりましょう。だからと言って”知らぬが仏”を良いことに放置してはいけません。凜としてことに望んでこそ大切と思います。かつて柔道界でセクハラが外部告発され、その過程で不正な金銭運用までが発覚して大変な騒動になっておりましたが世間のトレンド方向を軽く見ていた具体的事例と言えましょう。**貴殿のところでは大丈夫ですか?**。

新聞報道によると長崎で修学旅行生の不作法者が惨状を説明される方に暴言を言ったとのことで、校長に抗議文を送ったとのことです。学校としての指導責任ということでしょうが、相手は未成年者ですし暴言の制御はそう簡単にできるものではないので、、やや無理があります。説明者の方の強き思いは、まったくの部外者にはどうみても”さめたピザ”でしかないのでここは、さらりと流すのが最善の策と思います。初めてとのことですがここは、この体験を通じて暴言の対応マニュアルを作成していただくのが良いと思います。やはり生徒に手紙を(学校経由で・・)抗議文でなく、理解してもらえるようにするのが本筋でしょう。**抗議慣れしてませんか?**

幕末の刀工である水心子正秀の製作する刀はさほど人気がありませんが、すこぶる有名な刀工でありました(その分お高い)。彼のなんといっても最大の実績は師を超える沢山の刀工を育てたことで、師をこえてこそ最大の恩返しとなりましょう。しかし、ほとんどの弟子はおおかた師匠を超えることはできないようです。まあ、私も同じところでしょう。私の不作法は身か出たサビですが、範士九段の先生の書「道」にはなにか今後の身の振り方についてヒントをいただいた気がしております(感謝!)。昨年定年になって在職中は散々バトルを繰り返し、真田のルーツの性格は徹底的にやる性分でしたが・・7月10日をもって、もう止めることにしました。そんなわけで、何の責任もなく、神のいたずらか障害をもって生まれてきてしまった子とその母親を支援する仕事につきました。この間のミーティングでも我々があきらめたら、お母さんはどうなるのか?が主なテーマでした、あきらめないときめたのです。人生あとせいぜい、いっても20年、もうあまりありません。バトルでなく共助・支援、です。人にはそれぞれの道・・があるようです。

型居合いは、悪く言えば空想の世界、時代劇での殺陣となんら変わらないとも言える。武道と芝居の境目をはっきりさせるのが試斬での試し斬りであります。殺陣にはない技になるからです、型居合いでは空気を斬るだけなので本当に刃筋がたっているか、斬る為の手の内(柄の握りがきちんとできているのか?)ができているのかは、、ほんとうは判らないのであります。だから試しきりを行うのであります、あと、居合いでは判らない敵との距離感(剣道ではある・・)がはっきりするかからです。そして・・本当に気が入っているか、、心・技・体の一致が・・・本当に・・・なっているかもはっきりするからです。型居合いのできばえを”検証”するに必須のアイテムなのです、転じてビジネスの世界で検証のない業務などはありませんからことさらはっきりしていることなのです、こんな簡単なことが判らない武道家が沢山いるのは残念なことです(試斬をやらない方のこと・・)。すくなくとも春夏秋冬の4回位は試しきりをして自分の技の検証をしてみてください。一回の試斬で巻き藁5本、1本につき左右の袈裟切りと逆袈裟切りと水平斬り各1回で計25回で切り口が乱れずに、綺麗な音で斬れているかを確かめてください。畳1枚巻きでなくていいのです、半巻きでも充分です、樋の入った軟弱な刀・ろくに鍛えていない刀でもなんとか曲がらずにいけるでしょう。ただし刀の点検はきちんとしてください、刃がきちんと付いているか?、刀の曲がりは無いか、柄はしっかりしているか?、試斬後の刀の正しい手入れができるか?、型居合いの稽古後のあんな、いい加減な刀の手入れでは刀を駄目にしてしまいますので”念”のためつけ加えておきます。型居合いは中途半端な武道であることを認識してください。稽古ですぐれた型の型を盗むのは当然のことですが、悪いところは真似なくていいのです。試斬をやらない御仁の技はあるていど疑って稽古したほうが良いのは当然のことと認識し師を超える武人になってください。真の居合道をもとめてがんばってください、期待しております。