Archive for 9月, 2014


最近なんでもネットだが、確かに便利ではあるがやららとIDとパスワードになってきてともかく不便この上ない。しかも請求書まで自分で開示してみてくれなけらば知らないなんてのがDoCoMoだ。自己責任よ!なのだろうか、いや、環境保護が大切だから!いや、人経費節約で、、いやめんどくさいからか?わからんが、紙で通知を選択した場合は50円頂戴しますとのことだ。50円出しますよ!DoCoMoさん、、!。2015年2月からだそうです!・・・。

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六里舎のラーメン

長女が住む、大崎のタワーマンションの中に?多分、田舎物につきよくわからんが、まわりは綺麗な緑地とコンクリートのあれた荒野にした見えないのでどうも方向音痴になる!。つけ麺がおいしいとのことで食べに行ったが、なんとも並盛りでお腹一杯になるし、なるほど麺もうどんの用に太く、旨いし、漬け汁もうなるうまさであった。こんなのを毎日ランチで食べていたほんと、太るね!間違いなく。近くになくて良かった万歳!。でもHPの写真と実際に来た写真があまりにも違うよね!最近目が悪くなった老サムライのタワゴトでした。HP見てみて、実録写真添付しておきます。

 

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大夫気候も良くなってきたので出勤ちょっと前の足のリハビリトレーニングをかねて1時間ちょっと川越は伊佐沼公園付近を自転車で走った。ここは昨日施設の子供達もここの公園で遊んでいるところで馴染みのところだが普段公園だけのなので丁度良い機会との思いでこの公園の付近を散策してみた。大変のどかな田園風景の中のチャリ旅は爽快そのものでなんだか、雑念が吹き飛びそうであるし実際に大夫かるくなって新規一転再度進職を頑張ろうと思ったしだい。それでまたしても発見、普段車だとあっていう間にとおり越してしまうところが自転車だとほんとに良く見える。小さな神社だがなんと、茅葺きの屋根なのです。表札では葭葺きとのこと。辞典を引くと「イネ科の多年草。温帯および暖帯に広く分布し,水辺に自生する。地下の長い根茎から高さ2メートル 以上に達する稈(かん)(茎)を出し,群生する。葉は二列に互生し,ササの葉に似る。秋,ススキに似た大きな穂を出す。稈は簾(すだれ)やよしずにする。「あし」が「悪し」に通ずるのを忌んで,「よし」ともいう。ハマオギ。 [季] 秋。」とのこと納得。15時過ぎにK君らを伴って施設で公園にいくがK君の暴走にも追従出来て我が葭ではなく足の調子は大分良かったのであります。万歳!チャリ君。

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都城島津邸、開館5周年記念行事として開催されている。島津と言えば幕末そして現代まで続いて我が国のオペレーションに強く関わっている本物(当然か)大名であります。すぐに頭に浮かぶのは「細川護熙」氏で元総理大臣である、履歴は「関ヶ原の戦いなどで活躍した戦国大名・細川忠興の子孫で、旧熊本藩主細川家第17代当主・細川護貞と、近衛文麿元内閣総理大臣の娘である温子との間の長男として東京府東京市(現在の東京都千代田区)に生まれる(本籍地は熊本県熊本市)」で祖父でもある細川護立氏は初代日本美術刀剣保存協会会長でもあり我が国が世界に誇る日本刀の保存に大変貢献した人物です、私もその保全にほんの少しでも貢献したいと思いHPを立ち上げたり、抜刀を通して、感謝と奉仕の心をもって普及をはかって行きます。また、日本の政治家、陶芸家。公益財団法人永青文庫理事長、東北芸術工科大学学園長(初代)、京都造形芸術大学学園長(初代)の活動も行っていて特に、東京永青文庫には沢山の古美術品が保管されているのと、なによりの細川護煕氏は刀剣鑑定においても相当な目利きでもあることが注目される、刀が見えてことサムライであります。パンフレット添付しておきます。

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我が愛刀の行き先

私が過去につかっていた愛刀、南北朝期の備前福岡一文字風の写し物2尺4寸の刀を引き受けてくれる方が見つかり数日前に引き渡しが完了した。鑑定刀でもこの期の刀が出て来るが重ね厚く、大帽子の刀の特徴である為、当然刀身重量は重くなる(900グラム)のです。この期の備前物の刀は(備前全般に言える)は地金が弱く、精美なものである、しかし試斬すると曲がり安いのであまり試斬だけには向かないので居合い刀として使っていた。もちろん切れ味はしっかりしたものではあるが斬りまくるにはやや難があった。なにより姿が抜群に良いので居合いで使っていても気持ちが良いが、多くの居合道は重いとしか言わないのが昔からとても残念でしたし、なによりも刀を見る目がないのがとても残念でした。そんな刀を居合いで使ってみたいと言う方があらわれ本当に良かったと思う次第である。まあ当然ながら判る人にはわかるのであります。若い方でタケミツのように軽い刀を使って、旗があがってもなんとも思わないようでは情けないのかぎりであります。

ダイエー消滅が今日の朝刊の目次で表題を成した。さてそのダイエーについて私の経験から記すこととする。主婦の店ダイエーを創設し我が国における流通革命をもたらしたのは、南方戦線の激戦を生き抜いた中内功氏だ。その生き残ったと言う自負からかカリスマ性を発揮して巨大な流通チェーンを構築した。最盛期には彼の元に沢山の優秀な人材を得していたが、やがて粛正が始まったのである。今NHK大河ドラマ「軍師黒田官兵衛」でも同じような道をたどっていく、これが我が国における歴史なのだろうか?。わたしは中内功氏と直接お話したことはないが、彼のブレーンで実力を発揮していた方々と何度もお話しさせていただいたことがあるが「この方なら殿としたいついて行ってもいいかな!」と思う方々が何人もおられた。さてその粛正だが我が子をCEOにしようと策略を実行したことから始まり、経営上のミスも重なり次第に傾いていった、その根幹にあるのが戦歴にあるとも言われた、「なんでも欲しがる」と嘆かれるくらいに吸収、買収したのである。たぶんそれにおいてももダメージをうけたのだろう、やがて彼がいよいよ、ダイエーを去るときはもう瀕死の重傷化したダイエーがそこにはあった。最後は敗戦の将であったがでもその業績は計り知れないものがある。それを知っていて今現在も第一線で活躍しているのがカスミ会長の小浜裕正氏だ、彼は卒業すると創業時の主婦の店に就職し寝食をともにして中内氏に仕えた。その小浜氏だが私の知る彼はなかなかなの個性的な人物である、あるひ店舗企画と言う部署で彼にプレゼンテーションに行ったとき氏は「おまえら俺をだます」といってソファーに座りながらバットを持っていた、私なんか行け!と言われて行って、言え!と押されて言っているだけでゴツンとやれられては痛いのでなかなか度胸のいる仕事であったのを遠い昔の記憶の彼方から思い出した。その小浜氏がダイエー閉鎖にかかわったわけだからどんな気持ちだったろうかと思うしだいである。さてその後だか、関東イオンとマルエツとカスミは合併が決まっているがその3社の代表には誰がおさまるのだろうか?、もっとも適任の人物である。この小浜氏も黒田官兵衛と同じような歩き方をされるのが印象的だ。

絵図からみた千葉市の江戸時代」の企画展が千葉市立郷土博物館で開かれている。パンフレットを見ると江戸時代の市街図が掲載されていて当時と現代の比較がナカナカおもしろそうである。転じてみて川越は古くからの城下町で同じように比較をしてみるとかなりおもしろうそうな気配がする。そんなかんで、最近再スタートした自転車をもって川越と近隣を回ってみよう思う次第です。我が刀道は刀を鑑賞・鑑定・コレクションするだけでは飽きたらず、武道として再度(16才のころ鉄の馬にに惚れてから・・)、居合道を初めてみて多少は刀サバキができるようになって、さらに斬ってみなくてはと思い抜刀を始めて現在に至っている。弓道・合気道・杖道等の武道を学ぶことも刀道に入るがいまとなっては体力的に無理となってしまっているが何とか学びたいと思う次第である。その刀道の中には歴史を知る、郷土を知るもあると考えている。刀を知るも当然ながら古来のもののふが築き上げてきた「武士道の観点から美しくなければならない」の思いを学んで行きたい。刀を振り回すだけの者にはなりたくないと思う次第である。

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20140923-kenoudou-d日中に友人と刀談義をして午後帰宅、天気も良く風もなく絶好のツーリング日和だが時間がややおしているのでチャリにて走行した。GLはお休み、、今回の場所は圏央道の下を走る側道を走った、結構カントリーロードでもあり、車の走行もないので快適に、安全に走れる道だ。雑木林・畑・竹林、、そして工場、倉庫などがある、人家はほとんどない風景が過ぎていく道だ。約90分ほどはしる、おかげさまで大夫弱っていた足のストレッチトレーニングになりなによりだった。

 

戦国期甲冑は我が身を守るもっとも大切な装備であったろうと思う、刃物よけであり鉄砲が主たる武器となってからは銃弾から身を守る大切なものであった(さらに強固になった)。しかし身を守るだけでは繁栄は約束されないわけで手柄を認めてもらわないと命をかけている意味がなくなる。そこで目立たなくはならないので奇想天外な兜が出現したのだと思う。そんな奇想天外な兜が川越博物館(喜多院側)にて展示されていた。そして、広島城にて企画展のキテレツ兜見参!が開催されている、そうそういける距離ではないので残念だがなかなかおもしろそうである。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA昨日19時より埼玉医科大前の爆弾ハンバーグでRBメンバーがあつまり今後の運営方向を話しあった。内容としては●再建委員会の設置、●メーリングの整備と実働会員の把握、●HPの移設の実施、金銭管理の見直し、●総会の実施に向けての活動を確認。さらに確認事項として過去の出来事に関する件については議論等すべてを停止とする。今後私は再建委員会のメンバーとして活動を進捗させることとなりました。一度大きな災害が発生するとバイクの機動性が災害支援に一定の効果が認識されているが、多くの行政で必ずしも認識されているとは言えないと思います。ただ遊びでバイクに乗るだけではなく社会貢献もしてこそさらに有意義なバイクライフが出来ると思うしだいです。それぞれの行政で災害訓練にバイクで参加していただきたい。そんな思いのある方を応援出来る会として行くのが埼玉RBの基本骨子ではないだろうか?。バイクで災害支援をする者達の互助会!が埼玉RB。

Osaka1 Osaka2 Osaka3 Osaka4先週は鑑定会のついでに2階で大阪の刀剣展をみてきました。有名な大阪の刀工の刀がずらり見応えのあるものでした。やはり大阪の刀剣は刃がばっちりで派手な刀ですね。武道家の友人には越前助広の濤瀾刃の刀を覚えれば大きな進歩と伝えておきました。どうも鑑定を始めると皆同じ刀に見えるようですが一つ一つ的を絞って覚えるといいでしょう。そんな方にはとても良い展示と思います刀を見る前に刀剣書などでその刀工の作風を研究してからいくと多少は違うと思います。

 

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長喜院と言う天文建立の寺

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いいかんじですね。

 

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黄色スズメバチ入りの川越産蜂蜜を売っている、便に入って生きている蜂がいた。ブンブン

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居合・抜刀の始祖参りしました

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浄土宗檀林蓮馨寺

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陶器店、店蔵といって裏に蔵がついている、現在はレストランになっている。

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表は通りは平日でも大変な人、休日はとてもあるけないがちょっと裏にはいるととても静かな風景が広がっています。

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おふれ

 

 

 

 

 

 

 

 

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「まちかん」と言う刃物屋研磨ち和包丁とナイフを販売している。研ぎも専門にやっている。

 

 

我が佩刀には刀身彫刻として梵字を彫っている。昇竜、素剣等の大げさなものではないが、不動明王で我が身にかかる災いを払い福徳があるよう願い、また、普賢菩薩で健康で長寿でありたいとの思いからであります。やはり危険なバイクに乗るとの思いが強いのかもしれません、また戦争戦いへの備えからではありせんが現代社会でもいつ危機がやってくるかわかりません、人・動物・地震等の災害です。これを武道的に言えば「残心」の考えなのかもしれません、だから刀身にわざわざ梵字を彫ってもらっています。ああああと、見栄で他の方の刀と違うぞ!!との思いもあります。昔それ何!なんて言われたことがありますが、判るかたはカーンですねと言われました(大学教授の方)。

渓流詩人さんのブログに関連の記載がありました。心を彫る心に彫る。・・・・”刀身彫の彫師苔口仙琇氏は『日本刀職人職談』(昭和48年)の中で以下のように述べていた。「我々が今日感じる日本刀の美というものは、対象を殺傷する目的のもとに、鉄という素材を徹底的に鍛え造り上げた『武器』の持つ属性である。『武器』の本質が人の生死を決定するものならば、そこに神仏の加護を求めたことは必然であり、したがって人は具体的な信仰の対象を刀身に彫り込んだ--それが刀身彫刻であると私は解している。だから当然優れた彫師には信仰心があったし、かつ優れた刀であればあるほど、彫師は一層の信念と情熱をもって仕事にかかったに違いない。現代に私が彫りを行なうことも、やはり刀身に信仰を刻むということであり、当時の彫師の心に戻るということでなければならないと私は思う。彫りが信仰を刻むことであるとすれば、『鯉の滝昇り』や『桜』を彫ったことなどに何の意味があろう。刀身彫刻とは決して鏡師彫りの延長にある仕事ではない」と。そして、「錦上花を添える」たとえに相応しい刀として「古竜景光」を挙げていた。”・・・・国宝、古竜景光いいですね、我が梵字刀添付しておきます。

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いま黒田官兵衛でまさに家康へと時代が動こうとしている、ほんとにおもしろくなってきた感があるがそんな時代背景を徳川美術館で9月28日まで開催されている。埼玉からでは遠くてとてもいけないので誰か行った方のブログでもないかと思い探してみたが特になかった。おまけに当美術館のセクハラ・パワハラに関する訴訟事件が引っかかってきた。このようなクダラナイことで離れることになるなんてほんと情けないと思う次第であります。ひとたびこのような問題で訴訟となった場合、まず勝ち目はないことを管理者は知らなくてはならない。普段から十分な注意をはらわなくてはならない、パワハラ?って何なん?て言われたことがあるけど、今の環境では、各人のその職場などで徹底的な教育がなされていて、昔の人には解らないとは思うけど大変なことになることを知らなくてはならない。大勢の人の前で個人名を出してなんらかの事を発言することだけでパワハラとなります。一端発言したら時効まで相当の期間がかかりますのでさらに注意が必要。徳川のパンフレット添付します。記事転載「徳川美術館でセクハラ、名古屋地裁に申し立て(徳川美術館で)セクハラやパワハラが行われ、たまりかねた女性職員が声を上げました。すると被害者をかばってセクハラをやめるように訴えた副館長と管理部係長に対して、美術館側が退職勧奨..」

 

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恐怖体験走行

バイクに乗っているととかく恐怖体験をする、その点登山と同じような雰囲気はあるものだ、その恐怖感と結構費用もかかるし、そして遭難するととんでもないことになるので登山は止めた次第。バイクでは14日ハーレーの夫妻が集団走行であの、あの場所の関越で転倒してライダーは他界した。巻き添えの仲間バイクもあったろうともかく本人らは大変、でも高速道路だから救援体制が整っているのでその点安心だが、山中の事故ではそんなことにはならない、何時間もたって救急車がようやく来て病院へも同じくらい時間がかかって手遅れであの世行きだ、。よくある話しだ。そんな自分も不本意ながら山中走行をすることになってしまった。愛馬GLは、400キロを超える巨体バイク、6気筒バイクは低速ではともかくバランスが悪い、ちょっと傾くともう耐えられないのである。今日友人がバイクで満願温泉に行こうというので(当初は草津、×にした)旧都幾川村の農産物直売所に集合東秩父を抜けて寄居、国道を秩父への予定でいたが急に高原牧場にあがり皆野町に行く山越えルートに変更になってしまった。当初なんとかなるかもとは思いつつ、、ホントかと思いながら山をあがる、最初は何とかであったがどんどん山道は狭くなり、コケは生えてるは180度登りターンになるわ、暗い道になるわ、、それでも巨体を転がしてなんとかあがる。対向車がいてバイクとなめて突っ込んできたらどうしたもんか急さかではとても止まれない、斜めだったらバイク投げて飛び降りるしかない覚悟をしてのことである。友人は250のスクーターだからどうってことはないだろうか、こっちはそうは行かないよ。場合によっては止まれないので決め込みで突っ込むしかないと覚悟を固める、うまくすれば抜けれるだろう、駄目なときは衝突となろう。峠にあがって一安心したが下りがとんでもなかった、エンジンブレーキで減速なんてもんじゃないオールリヤブレーキでダウンだ、おまけに180度ターン、反対の登りでは絶対に無理な位の急さかであった。したに降りて休憩中、友人はあのライディングなら大丈夫だよと、とてもほめてくれた、ありがとうとてもうれしいよ!。たまたま平日で対向車が2台だけたったから、しかも軽、4WD車だったらやばかったよ。運が良かっただけ!。そんな運が16才のころCB450に乗ってから続いているが、いつ、尽きるか?。ツーリングはソロに限るかも!どうかな。満願温泉は気持ち良かった。

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昨日川越の町中クロスバイクで走っていたらとても見たことない車が走っていました。3輪車で前2輪後輪1輪でエンジンは2ストロークでした。いったいどこの車だろうと思う次第、インドあたりの車ですかねー?。

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天気もよく良い季節になったのでクロスバイクで川越博物館の現代刀工展を見にいった。とくに注目は正宗賞の備前刀の映り再現とのことなので期待して見にいきました。なるほど、その通りだ、水心子正秀以来のことなのでしょう。さて現代刀の美しい姿を楽しんだあと(みな大身すぎて振れないよな、、飾りだね、、)。さて早々、いつもの通り奥にある部屋で鞘の製作実演を行っていました。鞘師の方にみなさんがいろんな質問をしていて、それを聞いているほうが楽しかった。そんな風に疑問をもっているんだ、、参考になりました。疑問なことは刀職者にどんどん聞いて刀の知識を深めて「刀道」を深化させていただきたいと思いますが、武道をやる方はいなかったね、、。まあそんなもんか?でも、ここの前の道場の方と合いました、わかってくれる方もいるのはうれしい沢山の刀を見てほしい。さて帰りに裏道をたらたら走っていたら大変興味があるものを見つけました。江戸期まであった富士見櫓あとでした、平城だった川越城の天守のかわりをしていたとのこと、この櫓から当時は富士山が良くみえたのでしょう。あいかわず城下は大混雑、、バイクをおりて通過でした。

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なんでも入間市博物館20周年記念事業で第57回埼玉県名刀展が同所で開催されているとのことなので連休の渋滞のなか国道16号を走って行ってきました、よく考えたらバイクでいけば良かったと思う良い天気でした。ようやく着いたら太鼓の大会を広い芝生の上でやっていて賑やかですが駐車場が遠くなってまた混雑でした。さて肝心の刀剣展ですがいつもながらに埼玉名刀展は刀と拵えがセットになっての陳列でいつものとおり見応えがあります。照明もよくてすばらしい名刀の地・刃文等が良く見えました。良い刀を、、機会をみつけて沢山、刀を見ることで良い刀が多少は見えるようになっていくものです。14時からのギャラリートークもなかなかおもしろかったです。

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はじめに、すべての居合道家が不作法者との意味ではないです。さて前記の鑑定会のあとの2次会での談義で皆さんはいろいろ職人さんのところに行くこともあるのですがその中で職人さんからの色々なお話しがあり「居合道家が来るんだけど”まけてくれ”と必ず言うので困る」とのこと。この工賃だが刀鍛冶で良く言う言葉で日本刀1000年の歴史で蔵がたった刀工はいない!がある。この工賃は大工さんと同じで職人さんの生活費なのであります、最近の大工はさんは工場生産でだいぶコストダウンしているようですが刀職に限ってはそういうことはなくすべて手作業なのでコストダウンなんてできないのであります。無知だからなせるのかと思いますがその職人さんの技量を見ているのだろうか?まけて下さいは、あなたの技量はそんなものと言っている評価でもあります、過去に沢山の注文をしてのことなら、判らぬでもないですが、、。こんな話しも伝わって来ています、居合いの柄は消耗が激しくまき直しが多い部類、たとえば木綿でいいですからと言って値引きを要求、不勉強もマナーの悪さも露呈と言ったところで、柄巻きにしめる絹と木綿の価格構成比をまったく考えていない、第一上手の職人が木綿の柄糸を持っているかである。ほかに行ってもらいたいが職人さんは皆良い方ばかりそんな事は言えないだろう。たぶん刀屋さんに言うとマージン取られるからとの考えなのだろうが、職人さんも素人相手では疲れるのであるから刀屋からのほうがいいやとなってしまうのです。そもそも::居合道家の無知がなせること:::各道場でしっかり指導してもらいたい。

さきほど日本美術刀剣保存協会主催の鑑定会から帰ってきた。いつもの通り中心が隠された刀5口と鑑賞刀5口が展示されている。まず鑑賞刀ですがテーマは相州伝、相州伝といえば元祖的に超有名なのは正宗で展示刀には・・・かの有名な武蔵正宗が展示、あと一口脇差しの正宗とあとは則重等の刀でした。まあ、武蔵正宗は刃が眠い相州焼き、脇差しの刀は沸えが特にすごかった沸えの中で煮えくりかえってかえっているって感じで早々みれるものではない!、そういえば6月も正宗出てきたな、、。さて鑑定刀だが1号刀は九州は左文字の伝国弘、南北朝期の大鋒の体配です、青江の刃文ではなく、元重に見えるが×とのことでした。私は国重から青江で3振!。2号刀は応永信国の短刀、6寸位で樋の中に梵字がほってある品物初めて梵字が樋の中に彫ってあるのをみました、そういうのあるんだ。1本目は埋忠明寿で時代違いで能く、うーーん来国長でも能く、よく考えたら当時摂津ではなく山城で国と判者なんだ!、それとも摂津に信国ありか?よくわからん。3号刀は3本目で島田広助で当たり(京反りのような姿、刃文小乱れで沸えの強い刃文)、へー、新刀で入札時代違い、広光で通り、、でした。あんなに綺麗な刀、島田であるんだ。皆焼きは綺麗ではない!嫌い。4号刀、津田越前守助広の刀、典型的な濤瀾刃の刀、まあ1000万はくだらないだろうな。5号刀は鋒詰まる、反り浅く、身幅狭い、体配の仙台国包の刀でしたが、まったく没、法成寺×、忠吉×、柾目がよく見える地金とのこと確かに柾目が地まで流れるよいうに見えたものはよく判った。まったくの未知でしたがこれで一つ覚えた。さーてと来月が楽しみだ。さて2次会の鑑定勉強会で話題になったのが、不作法な居合い道家の話。いぜん不作法者とこのブログで記載したことがある、あんまり書くとまた、名誉毀損だと内容証明文書を送りつけられるかも知れないがそんな話があがった。まあ、こまったものです。渓流詩人さんが言うようにもっと、少しでも、刀を真面目に勉強していただきたい。