Archive for 8月, 2016


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我が埼玉RBのバイクボランティア活動における2016年災害訓練が終わった。入間市防災訓練と9都県市合同防災訓練は埼玉会場となっている、ふじみ野市における防災訓練です。大規模な災害が都市部で起きた場合に道路渋滞など大変な混乱が生じると予測されるなか、バイクの機動性で災害支援をボランティアで行う団体が埼玉レスキューサポート・バイクネットワークであり略称埼玉RBです。訓練自体でのバイクボランティアは派手な内容ではなく地味な訓練ですがその持っている意味は大きい。「行政が災害時のバイクの機動性を大きく認識している訓練」であると言うことだ。埼玉RBは大好きなバイクで社会に貢献できる喜びを体験し実施する団体です、もちろん人助けをすることに、そして今回のような普段からの訓練に参加して社会に奉仕する精神もったライダーの集まりです。これが武士道、、武道の教えに合値することははっきりしていることと感じています、どうでしょう!。いざ、、鎌倉、、有事には刀をスコップに換えて出陣する次第です。ことばだけの武道にとどまることを、、拒否します。たとえば赤十字の献血、地元自治会での活動・お祭りへの参加、武道での大会で運営にあたり多大な奉仕をする方々も我が国の伝統文化の保持に大きく貢献している活動です。しかし、もっと外に向かって奉仕をしてこそ!武の教えの実戦と思います。稽古を休んで、休日を活用して、、年に2回参加することに躊躇しては、武の教えが至ってはいません。結局自分だけの武道の作法、あそび、結局、、言葉だけの武道、人生になってはいまいか?、何らかの些細なアクションを起こしてこそと、、思います。訓練写真添付しておきます。

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埼玉RB、、、レスキューバイク隊はバイクの機動性で災害支援を行おうとする団体です。本年で16回の定期総会を実施している団体です。中越震災・東北大震災等の災害に出動すると共に平時は防災訓練に参加しております。、、、すべての市町村の訓練にバイク隊導入していただきたいと考えています。そんな中で、、大がかりな訓練が今週の日曜日(2016/08/28)にあります。詳細報告しておきます。

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20160821_090736 20160821_083027入間市防災訓練に参加してきました、入間市の防災訓練は全市をあげての訓練で市内の沢山の施設で訓練を行う防災訓練で、訓練のレベルでは県下ではトップレベルでありましょう。埼玉レスキューサポート・バイクネットワーク(埼玉RB)では隊員2名、市内募集のライダー4名で今回訓練を実施いたしました。やはり市内在住のライダーにも参加していただき、より地元に密着したバイクライフにしてチョッピリ社会貢献を、、大好きなバイクで・・・して頂きたいとの思いから今回、市広報にて募集して集まっていただきました。きっと遊びだけの道具でなく社会貢献するバイクでより深みのあるシーンが演出出来ると思います。そんな私も大好きなバイクで社会貢献して楽しんでいます。もちろん有事の時は、、いざ鎌倉、、刀をスコップに換えて戦場に参上する所存です。本年は肥後熊本の震災は、あまりにも遠かったです。入間市では市内各所をバイクで巡回することになり1時間近くの走行になり走りがいはあろうかと思います。私が行った訓練は、情報途絶施設への衛生携帯電話の搬送訓練で30分程で終わってしまう訓練です。そのほかいろんな形の訓練があろうかと思います。バイクの機動性での情報収集でアマチュア無線との連携。モバイル映像の伝送など多種あろうかと思います。広報にあたってFM茶笛さんでも放送してくださり感謝一杯です。来年も訓練あります入間市のライダーさんよろしくです。

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公共の電波をつかって言いたい放題、都合の良いゲストを呼んで言いたい放題、有名なのを良いことに言いたい放題、出演料もらっていながら自費でもないのに言いたい放題、そんなに危惧するなら衆院議員に立候補して主張しなさい、当然反対意見の方々と議論することなるし自己意見の最大の矛盾、、すなわち「中国の脅威」をしっかり論じなさい。尖閣、沖縄を中国の領土と主張している中国、ありもしない南京大量虐殺をでっち上げ、反日教育の中国、信教の自由を認めない、内政干渉やり放題、南シナ海では国際法を無視しほうだい。そんな中国を論じてから9条大賛成を論じなさい。反対意見も聞かずに、言いたい放題は、、まさに国賊女優の吉永小百合でないだろうか?。そんなことも解らずに記事にしている記者は姑息ではないか?記事は以下です。******吉永小百合が「戦争反対を言えない空気」に危機感を表明し「憲法9条は絶対に変えさせない」と戦闘宣言 日本を代表する女優・吉永小百合が、71度目の終戦記念日を直前に控えて、反戦と平和、そして憲法9条への想いを続けて発言し、話題になっている。たとえば8月7日放映の冠ラジオ番組『今晩は 吉永小百合です』(TBSラジオ)では、ゲストに昨年の安保法批判で『NEWS23』(TBS)を降板させられた岸井格成氏を迎えて改憲問題に言及。岸井氏が”先の戦争の反省の象徴こそが憲法9条だ”と、改憲により戦前に逆戻りする危機感を募らせると、吉永もまた「憲法9条はバイブルのように大切なもの。絶対に変えさせるわけにはいきません」と護憲への強い意思を語った。だが、最近の吉永が最も危惧しているのは、その「護憲」「反戦平和」を口にすることすら難しくなっているという、時代の空気感だ。現在発売中の「女性自身」(光文社)8月23・30日合併号に、吉永と政治思想学者・姜尚中氏の対談が掲載されている。タイトルは「みんな、声をあげて! 命が押し潰される前に」。冒頭、吉永は自身のこんな体験を語っている。「私は若いころ、母に『なぜ戦争は起こったの? 反対はできなかったの?』と質問したことがあるのです。そしたら母は、ひと言『言えなかったのよ……』って。言えないってどういうことなんだろうと、その時には理解できなかった。けれど最近、母の言っていた意味がわかります。今の世の中を見ていると息苦しい感じがして たしかに、吉永の言う「世の中の息苦しい感じ」は、確実に戦前のそれを彷彿とさせるものだ。それは、吉永が身を置く表現芸術の世界にも浸透している。この8月、東京・東池袋の新文芸坐では「反戦・反核映画祭」と題して、21日までの期間中、戦争や原爆の実態を描いた日本映画約30本を上映するが、劇場支配人はマスコミの取材に対し「反戦・反核という言葉を使うことにも勇気がいるような、嫌なムードになってきています」と語っている(中日新聞7月19日付)。「反戦・反核映画祭」では、7日に吉永の出演作『愛と死の記録』と『母と暮せば』の2本も上映された。1966年公開の『愛と死の記録』は、幼いころに被爆し、その後原爆症を発病して絶望した男性と、彼を励ます女性との悲愛を描いた映画だ。こうした原爆をテーマとする作品を上映することすら「勇気がいる」と言われる状況について、吉永は前述の姜尚中氏との対談で支配人の談話を紹介しながら「そんな時代になったのか、と改めてショックでした」と心境を吐露。姜尚中氏も「政治や平和を口にする人は、特別な主義主張を持った人ではないかと思われてしまう。言論の自由があるのに、政府に反対の意志を示すようなことを言ってはいけないのではないかと」と応えている。まさに2人の言う通りだろう。いま、日本が確実に”自由に平和への気持ちすら出せない国”になっているのは事実だ。一昨日、本サイトでもお伝えしたように、長崎の平和祈念式典では参列席から「改憲反対」と声を上げた男性が警察に連行された。ほかにも、昨年頃から「憲法9条」と記されたTシャツやバッジを着用しているだけで警察から詰問されたり、公共空間から排除されるなど、まるで治安維持法や特高警察が幅をきかせる戦前のような”事件”が連続して起きている。そして、この空気を作り出しているのは、間違いなく安倍政権だ。たとえば先月、自民党はホームページ上に「学校教育における政治的中立性についての実態調査」なる”密告フォーム”を設け、教員が「子供たちを戦争に送るな」と生徒たちに言うことを”偏向教育”とし、取り締まりに動いた。自民党はこの”密告フォーム”に寄せられた情報を警察当局に提供する考えまで示している。つまり、安倍政権は、教員が平和を訴えるという当たり前のことすら、警察ぐるみで糾弾しはじめたのだ。さらに最近では、奈良県奈良市で毎年開かれる「平和のための奈良市戦争展」に対し、市側が例年行ってきた「後援」を取り消すという事態も起きている。その理由は「米軍『NO』などと記した挿絵があり教育的中立性が順守されない」という信じがたいもの。沖縄の在日米軍問題は、先の戦争の経験と直結する日本の歴史問題だ。それが「教育的中立性」の名のもと”偏向”とされるのも、明らかに安倍政権による教育統制の影響が大きい。しかも深刻なのは、こうした政府与党や自治体が主導する”反戦平和への締め付け”に、少なからぬ国民が同調していることだ。たとえば、芸能人やアーティストなどの著名人が少しでも政治的発言、とりわけ安倍政権を批判しようものなら、ネットですぐさま炎上騒動が巻き起こり、血祭りにあげられる。それは、真摯に反戦平和を訴えている吉永が、ネット上では”在日””反日女優””売国芸能人”などという大バッシングに晒されるほどだ。しかし、吉永はこうした状況に怯まない。むしろ、反戦や平和、護憲を言いづらくする圧力があるからこそ、みんなで声をあげる必要性を訴えるのだ。7日、新文芸坐で行われたトークイベントで、吉永はこのように語っている。私がいくつまで元気でいられるか分かりませんけれど、80歳になったときには戦後80年、90になったら戦後90年、100歳になったら戦後100年と、”戦後”が続いてほしい。そのためには、私たちが『戦争は、嫌だ!!』としっかり言わないといけない。そう思っている方たちは声に出して!と願っています」1945年生まれの吉永が、自身の年齢と重ね合わせて”戦後”という歳月を強調するのは、おそらく「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍首相へのアンチテーゼだろう。そして、誰もが知る大女優である吉永が目線を下げずに「私たちが」と呼びかけるのは、「改憲してもさすがに戦争はしないだろう」とタカをくくっている多くの国民に対して、真剣に訴えかけているからに他ならない。 自民党の改憲草案が目論むように、自衛隊が「国防軍」となれば、この国は戦後、初めての戦死者を出す。もちろん、人も殺す。だからこそ、吉永の言うように”私たち”みなが連帯して「戦争は嫌だ!!」と叫び続ける必要がある。将来、子どもたちに、いま私たちが生きている時代を”戦前”と呼ばせないためにも。(伊勢崎馨)*****

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沖縄国際大学の反日独立運動への道、、、web記事によると、沖縄の大学で反日の集会が開かれた、主張する者の都合の良いことだけを述べての行動だ、現基地は移転が前提となっているものだからだ、基地が増えるのではなくあくまで移転なのた、いつまでごねるのか?きっと中国が喜ぶことであろう。中国が沖縄は中国の領土と主張している、ならハッキリと沖縄国際大学は反日独立運動と明記した方が良いと思う、騙すのは止めよう。*****米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に隣接する沖縄国際大に米海兵隊の大型輸送ヘリコプターが墜落した事故から12年となった13日、事故で焼け焦げたアカギの木が残る墜落現場跡で「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さを語りつぐ集い」(同大主催)が開かれ、学生や周辺住民ら約180人が参加した。日米両政府が普天間飛行場の返還に合意して今年で20年を迎えたが、返還はいまだに実現しておらず、参加者からは即時閉鎖や撤去を求める声が相次いだ。前津栄健(まえつ・えいけん)学長は声明で「今年4月には米軍属の元海兵隊員による残忍極まりない犯行で未来ある若い女性の命が奪われた。米軍基地があるが故の危険性は周知の事実だ」と指摘。「世界一危険といわれる普天間飛行場は沖縄の安全・安心・平和を脅かしている。即時閉鎖し、撤去することを日米両政府に強く要求する」と述べた。12年前に米軍ヘリが墜落した場所で開かれた集会。手前は墜落事故で焼け焦げた跡が残るアカギの木=沖縄県宜野湾市の沖縄国際大で2016年8月13日午後2時13分、佐藤敬一撮影c 毎日新聞 12年前に米軍ヘリが墜落した場所で開かれた集会。手前は墜落事故で焼け焦げた跡が残… 総合文化学部3年の名嘉一心(なか・いっしん)さん(20)は「あの時とは何一つ状況は変わっていない。登校すれば、ほぼ毎日のように頭上に飛ぶ米軍機を見る。日米両政府が沖縄の人々に寄り添うのであれば、即時返還、撤去、閉鎖をしてほしい」と訴えた。墜落事故は2004年8月13日に発生。普天間飛行場を飛び立った米海兵隊の大型ヘリが制御不能となり、同大の本館に激突して墜落、炎上した。搭乗していた米兵3人が負傷し、学生や周辺住民にけがはなかったが、住宅密集地にある普天間飛行場が「世界一危険な飛行場」であることを改めて浮き彫りにした。【佐藤敬一】*****

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カンボジアPKO 23年目の告白、、非武装で紛争地域にて活動することの危険性についてあらためて実感したしだい。こんなに危険な地域に非武装で行かせた日本の政治家の貧弱性とマスコミのバカさ加減あきれるばかりだ。この番組で40ドルで装弾付きで自主防衛した日本警察官がいたことは初めて知った。自分の身は自分で守るなんてのは当たり前だ。襲撃時では、5台隊列の先頭車両は4名のオランダ兵の乗った車両、、2台目と3台目が日本警察、、4台めと5台目は?、、、。戦闘車両がロケット弾で破壊されたあと、2台目の車がバックして3台目にぶつかり、、そして前に出て脱輪、、集中射撃を受け、運転士が1名死亡する。いまではそうでは無いと思うが待ち伏せに遭った時の訓練をまったくしていなかったんだねええ、、。

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フランスはスポーツ柔道と化してしまった。日本での強化試合に今後は協力する必要はないだろう、そこまでして勝ちたいのか?恥を知るが武道の基本であろうし王者とは言えない存在となった。

BBvz6CR「リオ五輪・柔道男子100キロ超級・決勝」(12日、カリオカアリーナ) 原沢久喜(日本中央競馬会)は、この階級の絶対王者・リネール(フランス)に優勢負けで、銀メダルに終わった。2008年北京の石井慧以来となる100キロ超級での金メダルはならなかったが、日本男子は7階級制となってからは初めての全階級メダルの快挙を達成した。 開始早々、原沢に指導。組み手争いを制すことができず、中盤には2つ目の指導も与えられた。その後も組み手を嫌うリネールに対し、残り30秒でようやく指導が入ったが、追いつくことはできなかった。リネールが組み合いに応じないことでかみ合わなかった試合内容に、観客からは大きなブーイングが起こった。銀メダルを披露する原沢久喜=リオデジャネイロ(撮影・棚橋慶太)c デイリースポーツ/神戸新聞社 銀メダルを披露する原沢久喜=リオデジャネイロ(撮影・棚橋慶太) 絶対王者をあと一歩まで追い詰めた原沢だが「勝ってこそ意味がある」と厳しい表情。相手に組み手を嫌われ「なかなか自分の組み手になるチャンスが少なく、組んだときもチャンスをものにできなかった」と悔しがった。前回ロンドン五輪で史上初の「金メダルゼロ」に終わった柔道男子だが、今大会は初日の60キロ級・高藤が銅メダルを得てから、海老沼の銅、大野の金、永瀬の銅、ベイカーの金、羽賀の銅と6人が続けてメダルを獲得。決勝の後に「自分だけ負けたらどうしようとも思った」と正直な心境も明かした“アンカー”の原沢もメダルのバトンを落とすことなく大会をフィニッシュし、お家芸復活をアピールした。なお、前日までに男女の日本柔道チームのメダル数は、1992年バルセロナ、2004年アテネ両五輪の最多に並ぶ計10個(金3、銅7)に到達。この日は女子78キロ超級の山部佳苗(ミキハウス)も銅メダルに輝いており、過去最多を更新する12個のメダル獲得となった。