2月10日(土)の両国は刀剣博物館での鑑定会は判者の実力及ばず迷走へ、、結局三振となって惨敗、思い込みが大きいとそうなるとの反省で1本目で国に入って当然とも思える鑑定刀であった,一本目ではずしたから迷走したと思い次に・・・。1号刀は、遠目から南北朝体配、摺り上げか?、直ぐ刃系に丁子か、切っ先枯れ鋭さ感じ、清麿風、歯肉はたっぷり、当然備前を想定し兼光で入札するが、、イヤ、、仕方無く、、違う通りの、、山城で入札でまたしてもイヤ、、今度は九州へ、、当然イヤで三振。結局極めの青江とのこと、、うーん確かに地金が肌立つ気味、詳細の地金が小糠風に見える、地金は備前ではありませんが隣だよね、、。***2号刀は姿と地金から新刀、寛文か、刃文は丸みが連なる互の目でとても鮮やかで、表に剣巻き龍にさらに手の込んだ梅?の堀でかなりダイナミックな龍の彫り物である。裏が素剣が元と先に分かれていて、、間に梵字とても込んだ仕様、彫り物の名士の品物であろう、、この時代の彫りだと虎徹があろうが、刃文が、、国広ではここまでダイナミックな龍は?、、で最大の名手で一竿子忠綱で当たりとなる。***3号刀は、細めの太刀、映り有りの備前か?、小切っ先で互の目丁子が刃に抜けるくらい長い、、最大の見所が焼き落としがある。そこで備前で焼き落としがある刀工では畠田真守で入札するが、、「能」で、うーんあまり動きのない刃中なので古備前?、、結局当たりは、、宗恒とのことでした、古備前でも焼落としがままあるとのこと、伯耆だけでないのだ。そんな名前聞いたことないが解説では作例が少ないとのことでした。***4号刀が超豪快な脇差し、沸えの豪快な大きな乱れ刃、こんな刀とても片手では振れない、、地金は精美なのでそのまんま見て、新々刀、、この時期でこんなとんでもない刀つくるところは薩摩、で、正幸でした。****5号刀は、、短刀、、1尺ちょっっと、、相州焼の大きく乱れる、重ね薄めの南北朝あたりか??、樋もあり、、反り付く、、さて、鑑定は如何に!!!!広光か秋広、、違いがわからんので秋広に入札したが、広光とのこと、、解説では秋広は小振りの刃文となるとの解説でした。****次に鑑賞刀は、石堂各地の違いについて解説があり、大阪石堂の長幸の2尺7寸の尖り刃の刀は典型的な作風とのことでした。紀州石堂は焼だしで、帽子が小丸の返るとのこと。、、江戸石堂と福岡石堂(守次)の小丸に返る帽子と刃文について、、、。でした。講話では、幕末、明治初期まで続いた石堂是一家文書について解説がなされました。

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