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今回の鑑定刀は、1号刀は生な刀である大ぶりの湾刀で別命鳥居反りともいうだろう、中直刃で所々細かい丁子がわずか見える、これが逆ガれば青江だろうが!どうも違うかな?、地金は精美な備前刀風、沸が強いので山城か?、、とりあえず来でイヤ、、では元重の時代だろうから、、で入札2本目で「通り」、なんだ青江かで中青江で直次で当同然、、あたりは妹尾派の「助直?すけなお」だそうです、どんな字を書くのだろう?。2号刀は脇差しの国路・・3号は互の目箱ががる、、黒ずんだ兼若・・4号は寸のび短刀の来国光・・5号は肥前刀とわかる刀であるが誰に?が問題、、純然たる中直刃で二代正広でした。もしどれかをいただけるとなったら一番高い1号ではなく、、5号かな。さて今回の鑑賞刀のテーマは両国刀で明暦の大火で江戸の多くが焼失しその影響で、、康継・繁慶・虎徹等により刀の再生産が行われ刀剣文化が継承されたとの説明だった。江戸の大火がなければ我が国の刀剣文化の継承は江戸初期で終わっていたかもしれないとの解説でありました。それは現代では再度発生し、、日本刀制作のの絶滅危惧職に刀工があげられる状況だ。ほとんど注文がないその主な原因が熱心な刀剣愛好家が激減していることと、古作の刀剣価格が壊滅的な下落にいたっていることにありましょう。特に下落が大きいのは有名刀工の作でない刀の下落が大きい。リーズナブル価格にて手にはいるのだからありがたい方々も多いでしょう。それで、そんな状況だから新作刀の注文はないですね、でも、武芸者・・一流のアスリートなら注文打ちをつかうべきでしょう。

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居合・抜刀家向けの刀仲介販売

所有の刀を譲渡したいが刀屋さんでは超低価格で売るようになってしまう、道場内で販売でも何かと難しいかも?処分に困った。そんな方に武道家が武道家向けに刀の仲介販売をするサイトを構築しました。

開設したサイトは無流派の試斬だけを行う任意参加の「河越抜刀館」のホームページ内に開設しました(2019年4月)。刀の代金の移動は当事者どうしで行っていただき、お金が動いたのを確認したら仲介者が刀を引渡すものです。譲渡希望の刀は仲介者が一時預かり、写真撮影・刀を解る範囲での表記をしたカタロクの製作と一定の仲介手数料(交通費等の雑費)で2万円を販売時に徴収で進捗させるものです。

そもそも刀屋さんは仕入れる刀は市場で評価が下された物を仕入れるので、ある意味では刀の鑑定などできなくても営業はできるわけです。市場での評価をそのママお客さんに言えばいいわけですから、、。問題?なのは、刀屋の鑑定の知識でお見せに売りにくる、お客さんの刀の買い付けの金額の提示では難しさを伴い(知識が不足?)、数分で評価を言わなくてはならないのでリスクが大きい、そんなわけで安全パイの金額を提示することになりましょう。別に持込客の刀を買えなくても、まったく問題はないのでいくらでも市場から仕入れられるわけですから、、。大体30万円で仕入れた刀は店売りで100万ってとこでしょうか?、、何時売れるか、まったく判らないわけですから当然と言えましょう。たとえば、そんな刀が偽物とあとで判って、30万円で処分したとしても元は取れるし、その処分で売った刀も・・刀をまた30万でしたとって60万円で新たな刀を販売し、元のまた在庫になった刀をまた、原価の30万円で売っても充分儲かり、そして、また買い換えで30万でしたとっても、またさらに、儲かるわけです、そうやって刀をグルグル回して利益を上げるのです。もし所有者が完全に自分の刀を売るとなると二束三文で売ることになります。

仲介サイトを開設するわたしも人の高価な刀をあずかわけですからキチンとした金庫に保管しなくてはならず、少額の手数料ではまったくボランティアと同じですが、困って集まってくる刀の、刀助けになることと、いろんな刀を見れる喜びは決して小さくはないからです。要は刀が「大好き」なのです。「刀剣刀装具うります」のコーナーは、、此処です。

居合道での日本刀研究

刀を振り回すだけでなく刀を知ることこそ、武士への道を深化させることのできる所作と心得る。武士の象徴・武士の魂としての日本刀、何百年もの前の武器としての刀が、ごく自然にどこにでも存在しているのは世界でも我が国だけである。このことを充分に外国人に説明すれば日本人の特性を世界の人々に理解していだだけると考える。サムライなら当然出来る所作であるハズと考えることが普通と思うがどうだろう。

さてそんな思いか?だか解らないが両国の日本刀鑑定研究会に行ってきた。こんかいは、だいたいこの辺とは思えるが、なにせ刃が「こずん」でおり(刃がおとなしい、出入りが、乱れが小さい、刃中は結構賑やかもある)どうも苦手である。1号刀は、コズム刃で刃が所処、、ボツボツと尖るので美濃物とは見えたが時代が姿は南北朝期の大太刀摺り上げ?違った、なんと孫六兼元とは3本目で同然!、まあ注文打ちだろうが?、2号は、言われてみればそうか?ヨクから抜けられずの元重。3号は古伯耆、、まああ取れたが、4号は知れた、、虎徹、あまり出来が?なので2本目で当たり、5号は、結局、三振の、なんと国俊、でも寂しい刃だけどねえ。学芸員がOHPにて詳しく説明していただき大いに勉強になったが、、しかし欲をいえば、なんで元重にたどりつけるのか?、なんで来国俊にたどりつけるのか・・を説明してほしい。

新規会員の確保は少子化社会のなかで最重要項目でありましょう。我が埼玉県剣道連盟居合道部西入間支部では、坂戸・鶴ヶ島を中心とする小さなサークルですが会員の確保は大きなテーマとしてHPの充実等、日々組織拡大の会員確保に努力をこころ見ていかないと、いずれ消滅してしましかもしれない、そんな思いで活動しているが、なかなか容易ではない。新しい発想で、柔軟に、小さい考えは捨てて(たとえば他の道場にいったら破門とか?、稽古場をでたら自由であるのです)、よく話して、聞いて、討議して、すすめなくてならない。両国の協会の学芸員も研究者としてはあたりまえ、営業活動も、セールスも当然して行かなくてはならないだろう。広報担当とか勧誘担当とか、展示場で時間を決めて、営業活動であれば土日祭日は出勤である。どうだろう!・・・。

刀の銘切り

前々日、両国の鑑定会での講評時は鑑定刀のナカゴをあけてもらえる、ナカゴにはハガネの色合いと刻された銘の風情、ナカゴの姿、など長年の歴史がのこされている。そんな銘を見るたびに、、そうおもう。もう300年、400年、500年、600年前に刀匠が刻したものだ。・・・そんな始まりの刀の銘切りをお手伝いした、刀が動かないように押さえているだけだがこれも、なかなかコツがいる、押さえが悪いと変な音がして刀匠の切りが上手くなくなるからだ。裏には年記がはいる、たに所持銘が切られたりする。武芸者なら刀匠に自らの仕様にて注文するのが本来の姿であろうとおもう、そんな刀が出来上がった。これから3月の指定日に登録、これからスタートだ。ハバキ製作依頼、鞘下地、漆塗り、柄巻き、など各職人のところを回る。まあ、出来上がるのは早くて7月、ちょっと遅れれば、10月であろう。今の時代、お金を支払えばすぐに買える、そんな現代ではあるが、刀の製作はそんな現代とはだいぶ違う。待つのも武道の修行の内、待てる方は侍ですねええ。そんな思いで一所懸命おさえた。銘を切るときの振動で刀か曲がる、刀匠は簡単に直してしまうのがすごい。

日本刀研究in両国

日本刀研究in両国・・今日は小雪がちらつくなか両国の日本刀研究会に参加してきました。刀剣女子の方々の参加が多いので一号刀から五号刀まで見るのに時間を要し最低もう一回みなくては厳しいのですが、1巡とちょとで入札へ、、結局なんとか5本当たりに到達しましたが、観察不足気味です。さて一号刀は、短刀・姿は鎌倉末期・彫有り・コズム刃(焼幅が狭い)・刃中に小宇宙のような金筋等があり、、まあ山城や備前ではないあああ、・・で何・・相州伝ですか?、、でもあれだとしても、本当に存在した刀工かも解らぬものにか?、、やや寂しいかなと思ったので相模貞宗で入札でしたが、、同然とのことやっぱ、、素直がいいんだね。2号刀は古備前か古伯耆、、結局その写しで則重で当たり。3号刀は南北朝期の大擦り上げの太刀と踏んだが「時代違いイヤ」で、なんだこれも写し物か?、、それなら国広で当たり。4号がくせ者すっかり大胆な櫃彫り・表は下り龍・裏は火焔不動?でダイナミックであるが繊細で無い彫り、、これに戸惑い結局あきらめ、、刃文地金から南紀にて当たり。5号は私が抜刀で使っている刀とほぼ同重量長さも同じ位か、まあ薩摩だろうが刃文が備前風、芋蔓がない!、美濃系の越前守包貞でイヤ、、大和伝だよね、、やっぱ薩摩らしくない刀を造る人で、、正清で当たりでした。、、、混雑の鑑定研究会ですが結局会員で無い方がマナー講座に来て沢山?こられても、持続的に世界に誇るべき日本文化である日本刀を伝えることができるのか?でしょう、高価な刀数千円で見せて会員の獲得がなしえていない現状を鑑みて、また、日刀保両国の研究会も毎回くるのがベテラン愛好家と刀剣商の方では、どうなんでしょう、伝承になる?。伝承拡大にはならないと思うが、せっかく来てくれている刀剣女子に入札の仕方と刀の面白さを知ってもらうべく小まめなサポートが必要と思う、入札は指導してあげないと上手く行かない、私は指導できないが出来る人もいるので入札サポーター制度を導入するべきと考えるがどうだろう!。武家に憧れる居合道家としては、刀を知るも居合の内、鞘の内とおもうがどうでしょう!

刀剣研究で刀を再生!

刀剣女子歓迎道場参上です。さて最近刀友経由でなんだか解らない刀を入手、錆び身であったので断崖から飛び降りる決意!(オーバーか!)で研磨をしてみたところ、、なかなか良い刀ではないか?。地金が備前刀みたい!刃文が美濃か?ポツポツと上から下まで棟焼があり、、水田か?、、そんな刀です。外装の一部を修理してもらい、安めの研磨をしていただき、鍔があまりにもダサイかったのでちょっと見た目の良い鍔を、もっとも鍔などは交換可能ですから、しめて21万円です。さて判定やいかに!、、いろんな方のご意見を頂戴したい!。末三原か?どうでしょう!。

両国新春鑑定研究会参加

今日は両国の日本美術刀剣保存協会の日本刀研究会に参加してきました。最近沢山いるので大体2回位しかみれない、そうです最近テレビで話題の刀剣女子が沢山?いるのです。その分みれる時間が減る、未熟な私がそれで1本入札で当たるや?5口あたれば100点ですが今回はたったくダメでした。武士の象徴でもある刀を見る、鑑定力は上級の武士としては当たり前の技でありましょう。要は「よい刀を見分ける力」なのです。刀を振り回すのが上手だけでは、「ヤクザ」とどこが違うのでしょう?。さて今回の鑑定刀で始めて水田の刀をみました1号鑑定刀です、いずれ刀剣美術で解説がなされますのが楽しみです。写しだったんですねえ、、冠落としの長巻き直しの写し、棟焼き、焼きの所々にポッコリ・・と互の目、沸本位で大小粒のでる青江の流れを組む刀工集団とのことでした。てっきり南北朝期と見てしまいました。2号刀が、青江。3号刀が相模守政常。4号刀が始めてみた、重ねの薄い長義の短刀。5号が南紀の刀でした。また鑑賞刀では、伯耆の安綱、真景、助廣、助直、正秀、直胤でした。特に水心子のトウラン刃風の波紋の刀はすばらしかった。次回は2月ですなああ。それから隣の両国国技館は賑やかに登りがあがっていました。

今日は日本刀4口の焼き入れを手伝いました。以前は義理の姉が手伝っていたのですが去年夏に他界してしまったので兄弟ですので私が助太刀に行っている次第です。いつみても、俗にいう「真面目に鍛えられた刀」の焼き入れはすばらしいです。どなただったかネットの投稿で日本刀はみな刀匠が真面目に鍛えているので、真面目なヒト振り(口)、、なんでおかしいと記載した武道家がいました。また、いつだったか鑑定会で学芸員の先生が虎撤の刀5口ならべて、「どうですか皆さんこれが虎撤と?みていましょう、そうです虎撤と言えども生活しなくてなりませんでしたからさぞ無念だったでしょう」。私の解釈ではバカな?やからが注文を知ったふりでしていたのでしょう、、たぶん。ああ、そういえば、清麿も3両では刀が作れないと逃げたな、、いい刀は材料も高いのです。万国共通なのは、安かろう悪かろう、なんでしょう。どうでしょう!!。曲がりにくい刀とのことで鉈みたいな刀をみたことがあります。または、包丁みたいな刀、、やたらとピカピカの刀(バフで研いだのでは?)、、日本刀らしい、刀を腰に帯びてほしいと思う次第です。

武道の健全化審査

今日の新聞報道では、スポーツ庁による調査が掲載されていた。不正は他になかったとのことです。そうなんだあ、、ということです。また故郷の長野県の刀屋さんの広告がでていました。。厳しいいんだねえええ。

共柄のナイフ

今日お祭りの演舞の最後に大道芸で青竹を斬るので兄のところの裏山に竹の切り出しをしにいった。ちょうど物置の整理をしていたら出てきたとのことだたので、、ありがたく?いただいてきた?。友人の研師に寸5000円で研いでいただこうと思うがどうだろう。宗正刃物で購入すれば30万位か?、、これでまた、コレクションが増えた、長くないのでいいかも!。

居合真剣購入への道

ちょっと気が付いたことがあるので、真剣購入にあたってのご注意を!。居合道をまなぶ方の殆どか刀の知識がないのが現実としてあります。またこんなこと書くと嫌われるのですが、見方を変えて自分の技の悪い点を指摘されて、むくれてしまう居合道稽古者はいないと思います、刀をしらないと指摘うけて、どうなんでしょう?。さてその真剣購入ですが大方3段、10年近く稽古をしてくると侍らしく真剣を購入したくなるのは当たり前のことですが、、。大枚をはたいて、その金額に見合っていない刀をつかまされないように、また、安物買いの銭失い!にならないようにしていただきたい。最近何度もみるのが姿良し、そして誠に綺麗な刀をみます、まるで模擬刀の様な刀です。私見ですが、みる限り全く鍛えられていない刀とみています。このような刀は大方、南の方、九州当たりの登録でやって来た刀です。どうも登録がいい加減なようで、刀剣界で問題になり登録審査の厳格化がさけばれ大部解消されたものとは思いますが、一度登録された刀は取り消すことはありません。去年だったか九州の方からネットにて登録されたばかりの軍刀がうられており、ビックリしました。まず東京都登録では軍刀が登録されることはありませんが、やっぱ西ですから・・・。きたえられているかの確認は、試斬(半巻き)をしてみれば直ぐにわかりますが、樋が入っていると元には戻らないので無理ですが、、これは刀を斬るとき衝撃で刃筋方向に瞬間的に反るのですが、ナマクラは鍛えられていないので、鋼ではないので元には戻る力が少ないのです。ただの鉄の刀に、本来の焼刃土を塗らずに焼きいれをしただけの刀をつかまされないように、現代刀の場合は、ここが危ないのです。古作の江戸期の刀であれば、たとえお土産用の祐定でもキチンと刀としてのは機能はします。ほんとお金を有効に使ってほしい!、でわ。

 

両国刀剣研究会in20180908

久しぶりに刀剣研究会は両国の刀剣博物館に行ってきました。刀友3名と合流して内1名は本年の春から参加の30代後半の方です。また彼の友人で刀剣を学びたいと言う方が居られるとのことなので今後刀友の研究者(仲間)が増えるのは良いことだ。なんでも刀が欲しいが勉強してから購入したいとのこと、、とても言い考えだ。刀がある程度見えるようになって自分好みの刀が見えるようになる。言い換えれば六本木で女性を沢山みるのと、大宮で沢山見るのとは当然目の肥え方が違うのは当然のことだろう。聞くところによると刀剣博物館で実施のマナー講座は年内満タンとのことですが、マナー講座から刀剣研究への入門者はかなり少ないとのこと、要するに生存率が低く成長・拡大につながらないとのことだ。まああ、そうだろう沢山いろんな刀を手にもって初めて見えるようになるのだ、ようするに自分にとって同輩にとっても”良い刀”がわかるようになる、、でありましょう。要はこの世界は敷居が特に高い世界なのです、居合でもそうだが誰かに初心者は指導してもらわないと、一人でレベルアップになる、できるような発展は出来ないので、大体が3段くらいから一人歩きが可能と思う。刀剣研究は最低1年は誰かに指導誘導を受けて頑張ることができれば多少見えてくるのだろうと思うがどうだろう。さて今回の鑑定刀は1号刀は、長巻直し(薙刀)の脇差し、、なんでも青江だと、、2号刀は大和千手院の太刀、、3号刀は、短刀の号有栖賀正宗、、4号刀は、短刀の細直刃兼定、、5号刀は、新刀の法城寺でした。鑑賞解説は大和五派の解説をパワーポイントを使って丁寧に説明して頂き、いままで大和五派って良く解らなかったので実に興味深く聞かせていただきました。このような解説が普通のわかってもらいたい解説でありましょう、チョッピリ敷居が下がった気分です。名札も付けて・・らしい・・姿です。ついでにあの解説のOHP、、有料で分けてくれると有り難い。物忘れが早くて!。学芸員の先生から薙刀の姿の変遷を説明して頂きこれも参考になりました。で・・我が長巻直しの脇差しは、、?。

 

日本刀発見届と諸問題

日本刀発見届と諸問題・・知人から相談を受けた。親から代々受け継いでいる日本刀、登録証紛失で、今回は短刀について相談を受けた。なんでも警察にもって行こうとしたら登録がない刀は銃刀法違反だと言われたとか、、また、刀剣店に持って行って相談しようとしたら”持ってきてほしくない”・・と言われてしまったとのことで、、結局さび付いた、短い短刀はそのままとになっている、、と相談をうけた。その時は他の方もいたので後日相談にのりなんとか出来ないものかと考えてみましょうと伝えておいた。推測だが結局警察はメンドクサイのであろう。この場合は刑事課などの対応(盗難の有無?)になるのか?なんども発見された場所を確認(いっぱい写真撮る)して、証人にも確認して、、そしてようやく発見届受理となるのや!、、。沢山の書類の製作などがあるから、、メンドクサイのだか?、、。各地域によってバラツキはあるのだろうが、、。まあ素人の言うことだからどの程度まで現実を反映しているのかわかりませんが、警察に縁の無い方々にとっては負担なのでしょう、私なんかいつも行っているので気楽なのですが・・・。また、刀屋さんにしてみればお金にならなくて、、前向きに請け負おうとすると、、素人の理解不足からドラブルになり、、直ぐにネットに書かれてしまい、、消費者センターから電話になったり、、そんなわけで刀屋さんからは敬遠されてしまうのだろうか?、、。結局、なんとか、本人に頑張って頂いて、生活安全課にて発見届を発行してもらって、次に県庁・都庁に行って登録証の発行を日本刀ならしてくれるでしょう(二ヶ月に一回平日で予め時間も決まっている等・・)。諸経費交通費も含めて1万円、、。保存状態が悪く、サビがついていて刀身の損傷が心配であれば研磨を1寸1万円~でしていただいて、白鞘つけて10万円~、、。と言うところでしょうか?。事前に説明して、そんなに出せないのであれば、、苦労して、神経使って協力しても、日本刀の保全にならないので、そろりと交わして終わりでしょう。結局元の鞘に納まって、長い眠りにつき、、いずれ朽ち果てるのでしょう。先祖伝来の刀、キチンと管理して私財を投入にて保存して次の世代に残して欲しいと思う次第であります。

埼玉県刀剣保存協議会主催の日本刀の鑑賞研究会に参加してきました。場所は埼玉会館、居合仲間のKさんと共に居合で傷めた足の為わざわざ車を出していただいて浦和まで行ってきかした。およそ1時間ちょっとで到着、早々和室とのことで入ると役員会を実施されておりました。その後程なく日刀保からの久保恭子先生がお刀をご持参いただき早々展示にいたる。役員会も終わり14時から会長の挨拶をへて、、鑑賞から入札に至。和室なので後方からも刀を見て姿から時代を捉えることができる。まず、、1号刀遠目の姿から鎌倉摺り上げの太刀で元反りもありそうなのだので初期から中期の体配、、刃文はコズンダおとなしいようにも見える。2号刀は、短刀、、身幅から鎌倉末期から南北朝の互の目乱れの刃文で7寸程度か、、?3号刀も短刀、、身幅あり反りも外反り、重ね薄く、直刃、地金は真っ黒?、、時代は南北朝期の短刀、まああ、備前だろうか?、、4号刀は、新刀にも見える綺麗な地金、、はて?、、でも反りから太刀のやはり摺り上げだろう、、さてどこか?と見るが?、、、5号刀は、摺り上げには見えないので、、新刀の誰か程度?、、、。結局、、1号刀は、、来国俊・・・2号刀は来国次・・・3号刀は、、古青江の短刀・・・4号刀は尻懸則長の太刀・・・5号刀は仙台国包でした。
****今回の反省は4号刀は太刀と当初見ていたのにどうしたか、、刃文ないの芋づるにつられて、、新刀の薩摩に入れてしまったこと、、5号刀の地の柾目を見れなかったことにありましょう。4号・5号は勉強になりました。埼玉県の保存協議会は年会費4000円とのことなので入会の方向でおります。なお埼玉県の第61回名刀展は10月に川越市立博物館にて開催の予定とのことでした。

2018年03月10日、両国刀剣博物館in鑑定研究会参加記録--相変わらず国技館前は相撲ファンで大賑わいだ。さて鑑定刀は5口、、鑑賞刀は、三善長道、虎徹2口、、肥前忠吉、美濃兼定、等でした。マナー講座修了の友人に若輩ながら入札のお手伝いをさせていただいたので余り記録をとれなかったし、、入札を、思考をすることが充分出来なかったのでその中での反省としたい。まず鑑定入札1号刀は、遠目から太刀、古い、、映りあり、古備前か古一文字、帽子小、2尺4寸、摺り上げ、・・手にもって手持ち良い、身幅狭い、刃文小互の目入り乱れ焼幅は狭い、コズムハドリ、で、おとなしい感じ、、よくわからんので、、元重に、、能で返る。大宮盛景でも能、、ここで終わる。正解は三郎國宗でした(刃染み未確認)。2号刀は、精美な打刀と遠目から見え、刀身彫刻がされており、表は櫃に昇竜3尾、裏は三鈷柄付き剣に上が素剣?だったか。ハドリは直刃系に丁子の刃文、、新々刀であり巧みな彫刻から水心子正秀作で当たり(・貞秀合作)でした。今回一番の見所刀です。3号刀は、小振りの太刀?、小丁子刃にやたら帽子が小さいので?、、まああ直刃系で映りが立ち、、まああ兼光?景光?ですが、、覇気がないので失礼ながらよくわからんので、、初代長光にて入札で同然でした。結局、帽子が飛んだ景光とのことでした。説明ではやや欠けたのだそうです。結局、、ローソクが消えたのでしょう。4号刀は豪快な刀で、、南北朝?、、地金は、あれ下原の板目が見える古刀に見える。コズンダおとなしい刃取りながらその中をみると、、砂流しが前面に渡って流れているようにも見える。古風な彫りを見る。剣に梅、帽子は火焔に返る。越前記内彫りの二代康継の刀でした。5号刀は、焼だしは大阪・江戸?よくわからん、濤爛風の大きな互の目、ゆったりとする刃文、虎徹?横手前返るがでも違う、反りがややあり、とりあえず国広に入れてみたら通りで大阪、、国貞で能、、で終わり。やはり津田で近江守助直でした。やっぱ素直に見るの一番のようです。追記)今回の鑑定会で同上の後輩に入札のお手伝いをさせていただいていたらテレビ局の取材をうけました。入札の仕方など実際のやり方と、説明としては伝統文化の伝承をキーワードで説明をえらそうにしてしまいました。多くに方に伝統的文化に関する理解をしていただき、刀は武器だけではくくれない、、日本の宝!であることを。

銘を柄に切る

刀匠が刀を製作し完成したときに日本刀の柄の部分、、ナカゴに鏨でコンコンと小槌にて制作者名と年期を打ち込みます。このお手伝いを我が注文刀にて実施させていただいた。鉛のした台にしっかりと刀の側面を密着させないときれいな銘がきれるずせっかくの完成刀の出来映えを損ねてしまう。大切な最後の作業だ。約45分ほどで完了、、これから、今月に登録をしてこのあと、、ハバキ師さんに依頼します。このハバキは刀に一生ついて回るものですから、、上手の職人さんに依頼しなくてはなりません。

2018年2月・両国鑑賞鑑定研究会での入札刀。1号刀は無銘青江の刀です、大身の摺り上げ太刀、帽子は鋭利に枯れる清麿風、歯肉たっぷり、焼刃は直刃系で丁子が逆ガリ、地金は精美でるが肌立つ枯れ気味の映り有り、、。重ね厚く手持ちが重くズッシリとする体配、、およそ2尺4寸程度かやや短いかも?、遠目からも南北長期とは思える姿でした。さて冷静に考えると備前か青江になりましょう。備前に入札して、、通りではなくイヤになってしまった為迷走へ、、最初から中期の直次あたりに入れておけば良かったです。さて青江鍛冶の特徴は、、地金は縮緬と木目立った肌と澄がね等の特徴と時代の姿です、鑑定刀は確かに姿は南北朝期の大太刀を摺り上げた体配で、地金は備前ほどの精美ま地金ではないのが解るので自然と青江に行く物です、また刃文も”来”にみれるような直刃系で鑑定の掟で「来に見えてイヤ」であったら、、青江にとも言うので自然と青江に行く入札でありますしよう。でも、備前にいれてイヤであると、、延寿に行くしかないです。参考図添付しておきます。縮緬肌・・シワが寄ったような部分が散見される。

2018年2月・両国鑑賞鑑定研究会での入札刀での2号刀は、一竿子忠綱の刀身彫りのある刀でした。まず遠目から見事な刀身彫りのある刀、2尺5寸程の豪刀に見栄、刀姿は豪快な刀で元先ほぼ劣らぬ体配、、大体・・新々刀期であろうと推察できるが確認で地金をみなくては、、。刃文も腰の開いた丸みの大互の目ですからさらに幕末であろうか?、、。余り思い込むと間違えるので・・ホントウかを確認しなくては、、、。手に持ってズッシリ重い、見事な刃文、、地金は綺麗な木目肌、、表が豪快ま素剣によく肥えた龍が、なんか特徴のあるお顔、、、。裏が2筋樋が上と下に、、間に見事な梵字、、、こう良い刀が***良い刀***であると思う、、見応えのある刀でありました。もう直ぐに、、一竿子忠綱を連想するがどうだろう。***地金は新刀期に変更する、そんなに摘んでいないから、彫りのある刀工は梅忠・国広一門・忠綱・康継・虎徹・忠吉一門でありますが、、やっぱ独特の彫りで、、きまりです。これが新々刀期とみたら、、栗原信秀にするかも?。

 

刀剣判定会での銅メダル

正月の両国の刀剣博物館での刀剣鑑賞判定会(制作刀工名を当てる)は、刀の製作刀工名の推定判定入札にあたって1本入札であります。5口の刀を刀工名を推定して入札してあてるゲームなのですが、、判者による誘導はないので難度は普段の鑑賞判定会(1口に3回入札)よりかなり高いと言えると思いますが、運良く人位となり銅メダルとなりました。正月早々の幸運な2018年の出だしでした、刀剣美術2月号第733号に刀剣定例鑑賞会の解説が掲示され私の名前が、、掲示されました。これを期にまぐれで当たることなく今後も勉強して行きたいです。

いま、このニュースをみて、、復元に4500万円もの募金があつまったなんて知らなかったです。刀の製作費用500万を目標にしていたとのことですがこれだけ集まると外装もしっかりしたものが作れますね、伝統文化の継承に大いに役にたつことでしょう。番組での解説で大太刀は馬上で使うとの表現がありましたが、、徒歩戦で使われたのが大方と思います、。馬上から使ったのは長めの太刀ですねええ。

2月10日(土)の両国は刀剣博物館での鑑定会は判者の実力及ばず迷走へ、、結局三振となって惨敗、思い込みが大きいとそうなるとの反省で1本目で国に入って当然とも思える鑑定刀であった,一本目ではずしたから迷走したと思い次に・・・。1号刀は、遠目から南北朝体配、摺り上げか?、直ぐ刃系に丁子か、切っ先枯れ鋭さ感じ、清麿風、歯肉はたっぷり、当然備前を想定し兼光で入札するが、、イヤ、、仕方無く、、違う通りの、、山城で入札でまたしてもイヤ、、今度は九州へ、、当然イヤで三振。結局極めの青江とのこと、、うーん確かに地金が肌立つ気味、詳細の地金が小糠風に見える、地金は備前ではありませんが隣だよね、、。***2号刀は姿と地金から新刀、寛文か、刃文は丸みが連なる互の目でとても鮮やかで、表に剣巻き龍にさらに手の込んだ梅?の堀でかなりダイナミックな龍の彫り物である。裏が素剣が元と先に分かれていて、、間に梵字とても込んだ仕様、彫り物の名士の品物であろう、、この時代の彫りだと虎徹があろうが、刃文が、、国広ではここまでダイナミックな龍は?、、で最大の名手で一竿子忠綱で当たりとなる。***3号刀は、細めの太刀、映り有りの備前か?、小切っ先で互の目丁子が刃に抜けるくらい長い、、最大の見所が焼き落としがある。そこで備前で焼き落としがある刀工では畠田真守で入札するが、、「能」で、うーんあまり動きのない刃中なので古備前?、、結局当たりは、、宗恒とのことでした、古備前でも焼落としがままあるとのこと、伯耆だけでないのだ。そんな名前聞いたことないが解説では作例が少ないとのことでした。***4号刀が超豪快な脇差し、沸えの豪快な大きな乱れ刃、こんな刀とても片手では振れない、、地金は精美なのでそのまんま見て、新々刀、、この時期でこんなとんでもない刀つくるところは薩摩、で、正幸でした。****5号刀は、、短刀、、1尺ちょっっと、、相州焼の大きく乱れる、重ね薄めの南北朝あたりか??、樋もあり、、反り付く、、さて、鑑定は如何に!!!!広光か秋広、、違いがわからんので秋広に入札したが、広光とのこと、、解説では秋広は小振りの刃文となるとの解説でした。****次に鑑賞刀は、石堂各地の違いについて解説があり、大阪石堂の長幸の2尺7寸の尖り刃の刀は典型的な作風とのことでした。紀州石堂は焼だしで、帽子が小丸の返るとのこと。、、江戸石堂と福岡石堂(守次)の小丸に返る帽子と刃文について、、、。でした。講話では、幕末、明治初期まで続いた石堂是一家文書について解説がなされました。